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2019年11月 1日 (金)

京王高尾線開業の頃

 昨日(10月31日)のOER3001氏のブログで京王高尾線が取り上げられたので、ちょいと懐かしい写真を引っ張り出してみました。半世紀を経過したハーフ判のカラーポジなので、画質の悪さには目を瞑ってください。

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開業前日(昭和42年9月30日)、試運転列車に開業を祝うヘッドマークが取り付けられました。めじろ台の上りホームで、5705編成です。ホーム有効長は18m車6両分で、上下とも待避線がありました。

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同じ編列車の最後尾。なぜ開業前のホームに入って写真が撮れたかというと、私は前日の29日から分譲地販売の順番を待つアルバイトをしていたのです。駅前のテント村に待機して、2時間に一度の点呼の時に返事をするだけが仕事ですから、その合間には駅前をうろつき、電車が来ればホームに入ったりしていました。

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10月1日の高尾山口行き一番電車が到着。「鉄」の一団と分譲地を求める人達が降りてきました。土地は前日まで並んでいた人でほぼ完売だったようです。私の任務は完了し、記念きっぷを買ってから高尾山口に向かいます。

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記念き
っぷはNo41~45の5枚を買いました。どこでもいいから一番はないかと聞いて出て来たのが左下。右下は高尾山口から新宿までです。

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どこで朝飯をとったかは覚えていませんが、10時前には高尾山口にいました。10時過ぎに祝賀列車が到着。鉄橋はピンクですね。車両は当時の最新でスカート付きの5000系第17編成+5070系第16編成です。

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停車したドアが開くと、真っ先にニコニコ顔のロンちゃん(吉村光夫さん)が降りてきました。

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駅前では祝賀パレードが始まりました。ここは駅裏です。

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関西風に新宿直通45分をアピールしています。広場には聖火台もできていました。

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地元の幼稚園から中学校まで総動員という感じでした。停車しているのは線内ローカル用に井の頭線から転用したデハ1400形、デハ1800形、クハ1200形。

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それにしても、よくこれだけ人が集まったものです。ひととおり写真を撮ったので、直通特急に乗って3日ぶりの我が家に帰りました。

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コメント

拙ブログがきっかけになったとは幸せです。
この日は初台~幡ヶ谷間で祝賀列車を撮影していました。
高尾山口駅もだいぶプラットホームを延長したお陰で、今では5枚目写真のようなゆとりが無くなっていますね。

高尾線開業の夏、転入した1400+1800を撮りに出かけました。地平時代の北野の配線や、4線だっためじろ台が懐かしいですね。

まだ特別快速がなかった時代、中央線に十分勝てたということですか。
これが開通した時、高尾山にそれほど観光需要があるのかなぁ、と子供ながらに思いました。
なるほど、宅地不動産開発が新線のメインテーマだったわけですね。

OER3001さま、
ちょうどこの頃の写真を整理していたので、引っ張り出してみました。20m車の10連が当たり前に走るのは、正に隔世の感、です。

Cedarさま、
めじろ台の待避線はホーム延長で潰されました。今でも日中は普通が1時間に3本ですから、待避線の必要性はありませんね。 

シグ鉄さま、
特快の運転は昭和42年7月から始まっています。新宿~八王子間は昭和38年から特急を運転しているし、新宿~高尾間の需要はそれほどアテにしていなかったのだと思います。高尾山も季節による変動が大きいし、本命はめじろ台周辺の開発による需要の掘り起こしだったわけです。

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