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2019年7月に作成された記事

2019年7月28日 (日)

よく似てる

 近鉄の志摩線がこの7月で開業90周年を迎えました。といってもこの線は50年以上前に近鉄が三重交通から買収し、改軌や線路改良などを行っています。細かい経緯はさておき、これを記念して買収当時の三重交通色を復刻した編成が7月18日から走り始めています。

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これがその編成。写真はネットからの拾いものです。明星車庫所属の1440系で、志摩線にも入るよう、ワンマン車が選ばれたのでしょう。現物を見ていないのでなんともいえませんが、いくつかの写真の中ではこのカットが光線状態もよく、一番リアルな色調だろうと思います。しかしこの色、本来の三重交色とはちょっと違うんじゃないかな。私は昭和40年に買収直後の北勢線で三重交色を見ていますが、緑はもっと濃かったと記憶しています。現在も三岐鉄道となった北勢線に三重交色復刻編成がいて、そちらの緑の方が私の記憶には近い感じがします。

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微妙な色調の違いはさておき、ふと気がつきました。近鉄の復刻車によく似た電車なら、身近なところにあるじゃないか。これは当社の0番ナローで、関東合運で何度か人目に晒しています。縮尺は1/48、三重交通のナローをイメージしているのは見え見えですね。色は長電のストロークリームに南海2051系の緑という組合わせですが、三重交色に合わせたのではなく、武蔵野急行電鉄の標準色なのです。
*上の写真では緑が三岐鉄道の復刻色に近い感じになっていますが、模型の色は下の写真の方がリアルで、近鉄の復刻色に近い感じがします。

2019年7月25日 (木)

お目汚し

 文字通りのお目汚しなので、繊細な神経をお持ちの方は、これ以上先に進まないでください。警告を無視して不快な思いをされても、当方は一切関知いたしません。














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これは私の左手の親指。昨日(24日)風呂に入る時、無意識に安全剃刀の刃の部分を掴んでしまいました。 ちょっとチクッとした感じがあり、掛け湯してから指先を見ると血がタラ~。京急800形のドアに貼ってあった指挟み注意のステッカーみたいになっていました。なるべく左手を使わないようにして風呂からあがり、オロナイン軟膏を塗ってバンドエイドを貼っておきました。幸い寝ているうちに出血はなく、つい先ほど風呂に入ってたあとにしげしげと眺めたのがこの状態です。しかしまぁ、親指の先に力を入れられないのは実に不便。工作はもとより、シャツのボタンを嵌めるのもおっかなびっくりです。自分の不注意なので仕方ないけど、この時期に工作の手が1日止まったのは痛い。

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*参考資料  京急の片開きドアに貼ってあったステッカー

2019年7月22日 (月)

玉電デハ60形の製作(その6)

 JAMまであと何日? カレンダーを横目で眺めながら、ひたすら作ります。

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先週試作したランボードの本番です。材料は揃いました。

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試作とは工法を変え、方眼紙の上に帯材を仮止めします。1mmの真鍮線をスペーサーにして間隔を整えました。

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脚の所定位置に瞬間接着材をチョンと置き、ガイドラインに合わせて貼り付けます。少しくらい角度が狂っても、ランボードの影になるから気にしない。

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できました。簀の子みたいだな。

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車体に仮置きしてみます。まぁまぁかな。

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しかし、横から見たら脚の断面が平行四辺形になっているのがあります。カッターで切る時、刃が斜めになっていたんですね。気をつけたつもりなんだけど、こりゃあかんわ。やり直し!!

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脚は1.5×1.5の桧角材にしました。脚同士の平行を出しやすいよう少し長めのまま接着し、最後に彫刻刀で所定の幅に切り落とします。

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失敗作と2度目の比較。1mm間隔は少し広すぎたようです。

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横から見てみます。これならいいでしょう。

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屋根に固定しました。脚の下側を屋根のアールに合わせるのは、屋根に400番のサンドペーパーを置き、その上を前後に何度が往復させればOK。

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ベンチレーターは小型のガラベン。HOの旧国用(エンドウ製)ですが、見た目そんなに不自然ではなく、これでよしとします。

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次は0.4tの真鍮板から前照灯の取付け脚を作ります。

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前照灯は買置きがあった旧国用の100W(LP42)。

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本体をハンダ付けしてから曲げを深くします。屋根への取付け方は検討中。金属車体なら簡単なのですが、木製屋根で強度を確保するのは結構難しい。いいアイディアが浮かぶまでに排障器を作っておこう。これも前後で形が違うのだぁ。

2019年7月18日 (木)

箱根登山鉄道、吊掛車お別れ乗車

 箱根登山鉄道の旧型車で、最後まで吊掛式で残っていたモハ103-107が7月19日にラストランとなるということは5月頃に発表されていたので、天気がよくなったら行こうと思い、小田急の株主優待乗車券も買っておきました。しかし、今年は梅雨が長引き、ラストランまで1週間を切っても、天気予報に晴れマークが出できません。こうなりゃ雨が降ろうが槍が降ろうが行くしかない。このところ差し迫った仕事はありませんが、一番時間の自由が利く14日に箱根行きを決行しました。

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14日は念のため天気予報を確認したりで時間を食い、新宿10:10発の小田原行き急行に乗車。小田原で一旦改札を出て、登山電車の1日フリーきっぷを買います。

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箱根湯本で乗り継いだのは3000形と3100形の3連でした。出山でお目当ての103-107+108と交換したので、大平台で待ち構えることにします。雨はショボショボと降っていますが、駅の手前のアジサイと絡めて撮れる踏切は10人くらいが群がっていました。

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2本目に吊掛編成が到着。

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3000形+2000形の編成と並びます。108は前面が金太郎塗り、前照灯が白熱灯タイプ(中身はシールドビーム)になっています。

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ホームの先端を回って乗車する前に1枚。パンタが下りているのが残念ですが、これは湯本のデッドセクション通過対策なので致し方ありません。104号に乗車し、上大平台(信)から仙人台(信)までは動画モードで走行音を拾います。それにしても吊掛の音ってこんなに大きかったかな。それと架線電圧が750Vになっているせいか、以前の記憶よりだいぶスピードも速いような気がします。

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小涌谷で下車。かなり暗くなってきたけど、反対側から撮影します。

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交換は先着後発なので、こういうのを撮っておく余裕もあります。

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お見送り。僅か数分後ですが、少し明るくなってきた。

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15分ほどで戻って来ます。だいぶ雲がかかってきて、すぐ後ろの山も霞んでいます。このあと、強羅行きの3色編成(104-106+109)がきますが、対向車に邪魔されて撮影できず。ならば強羅で出発するところを撮ろうと乗り込みます。

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強羅に着いたらこの有様。いつの間にか発着ホームも変わっていて、これでは引きが取れません。

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折返し時間は短いし、雨は降っているので、やむなくこの位置でシャッターを切ります。

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次の電車を待つ間にモニも撮っておきます。廃車になった110の足回りを貰ってカルダン化されています。

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標記とシンボルマーク。

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フリーきっぷでケーブルカーも乗れるけど、今日は乗っている暇がありません。

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駅構内にあったモハ1形の模型。日本工業大学駒場高校の作品ですが、台車がDT10みたいです。

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もう一度3色編成を狙うため、また小涌谷に戻ってきました。ここが一番開けていて、露出が稼げそうなのです。

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この日の運用は新型-新型-旧型というローテーションでした。カメラは感度をISO800、絞り開放(といってもf5.6)にして、やっとシャッターが1/300秒くらい。ちょっと暗くなると1/125秒を切ってしまいます。こういう時は少しくらい大きくでもF2.8くらいのレンズが欲しい。
吊掛編成は何度も撮影チャンスがあったけど、これがいちばんいいできです。

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さらに待つこと45分、3色編成の出番です。ダイヤ上は強羅行きが先着なのですが、数分遅れたので湯本行きが到着してしまい、屋根のないホーム先端に移動しました。

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後追いですが、色違いがよくわかります。

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次の電車でまた強羅に戻ります。最後の〆に吊掛編成の電制音を録音しながら湯本に戻ろうと考えたからなのですが、2本待ったあとに到着したのは2005-2203-2006の編成でした。どうやら吊掛編成は湯本到着後に入庫してしまったようです。もう待っていても仕方ないので、これに乗って山を下ります。観光客のピークも過ぎ、ゆったりしたクロスシートはなかなか快適でした。

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湯本に着き、折り返して発車した2005編成をペデストリアンデッキから1枚。だいぶ暗くなり、シャッター速度も1/125秒がギリギリなので、本日の撮影はここまでとします。帰りはロマンスカーを奢ろうかと思ったのですが、次の列車は未更新のEXE。これに特急料金を払って乗る気はなく、空いている3000形の快速急行を新宿まで乗り通しました。

*昔の写真を2点、追加します。

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これは昭和40年頃の強羅。ホームは1面で、手前が降車ホーム、奥が乗車ホームとしています。次の電車が到着しても、手前の渡り線でそれと交換できます。現在は3連対応でこの渡り線は撤去され、115がいる部分はホームになっています。

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同じく強羅ですが、シールドビーム、下枠交差パンタになっています。まだ2連固定にはなっていません。現在、このホームは段欠きの行止まりとなり、通常は使用されていません。

2019年7月17日 (水)

田園都市線長津田開業直前の二子玉川園

 前回の玉電二子玉川園の写真についてシグ鉄さんから鋭い突っ込みがあり、もう一度ネガを当たったり、二子橋の併用軌道はいつまで使用されていたかを調べてみました。

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まずはこの画像からご覧ください。撮影は昭和41(1966)年3月27~29日となっています。前回の写真から右に振ったところで、画面左が玉電のホームになります。田園都市線は二子玉川園駅の改良工事等を含め、同年3月18日に上野毛~高津間の高架化が完成しています。手前に写っている架線柱が地平を走っていた田園都市線の跡なのですね。前回の写真を撮影したのは2月ですから、その時はまだ田園都市線は併用軌道で二子橋を渡っていたことになります。

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恐らく高架のホームに上がる通路から撮ったのでしょう。電車は大井町行きのデハ3450形、左の低い桁が新玉川線になります。

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新しいホームから1枚。ステンレスの5200系を狙ったわけではありません。当初は新玉川線が田園都市線の上下間に割って入る配線でした。この時期はまだ計画が二転三転していたのでやむを得ないのですが、結果だけを見れば随分と無駄使いをしてしまったわけです。

2019年7月15日 (月)

72万アクセス

 今朝ほど、アクセスが720,000に達しました。ということで関連する形式といったらモハ72です。これは最近、この形式の写真が必要になってネガから複写したので、結構出てきます。ほかにはED72なんてのもあります。これも写真はありますが、データ化していないので今回はパスします。

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私、モハ72にはいやというほど乗っている世代です。物心付いた時から中央線の主みたいな存在でした。しかし、その時代の写真はほとんどありません。これは常磐線にいたモハ72635、三河島事故の復旧車という訳ありなのです。鋼板屋根になって妻面のキャンバス押さえがなくなっているのがなんとかわかると思います。グロベンの位置も全金車並みに半ピッチずれています。

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これは千葉ローカルの末期。3M3Tが基本ですが、サハなしの4M2Tになっています。2両目が全金車ですね。関西からの転属車が増えたので、前面の方向板は使わなくなっています。

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中央線の山ゲタ、スカ塗りになった850番代です。オール4ドアだとトイレがないので、一番右にクハ76が組込まれています。

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ジャスト72の車号はないかと探したら、意外なものが出てきました。有名な阪神の金魚鉢、71形の72号です。廃止直前の阪神野田で撮影。

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もうひとつは京阪70形の72。初めて自前で関西に行った昭和39年の夏、浜大津です。
拡大解釈すれば東急7200系もOKだし、写真もありますが、データ化したものがないので省略。

別件ですが、ぬか屋さんのブログで突っついた玉電二子玉川園の少し古い写真が出てきたので、埋もれてしまわないうちに貼っておきます。

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昭和41年2月の撮影です。ホームは田園都市線の続きで右から3番線=玉川線降車、4番線=玉川線乗車、5番線=砧線乗降となっています。わざわざ砧線から玉川線に同じホームで乗換えられないようにしているのは、砧線が鉄道線で運賃の通算ができないためなのでしょう。

2019年7月13日 (土)

玉電デハ60形の製作(その5)

 その4から2ヶ月近くになりますが、見た目の進展はほとんどありません。といってもサボっているわけではなく、屋根上にあるベンチレーター、ランボード、パンタグラフ、パンタ台などの資料集めに難儀しているのです。

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60形は渋谷方面に出てくる機会が少ないので、私も屋根上がわかる写真は撮っていません。幸いにもCedarさんを通して御大から貴重なカットを何点かいただきました。これであとは想像力を膨らませれば、なんとかなりそうです。それにしても60形はベンチレーター、パンタグラフ、パンタ台が70形とは全然違うのです。これは大きな誤算でした。

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ランボードは4列になっています。ボード1枚の幅は3mmくらいと見当をつけましたが、念のため2.5mm幅のも作ってみます(写真は3mm幅)。脚は2mm厚の茶ボール、板は0.5mmくらいの白ボール、いずれも車体を作った余りものです。

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速乾性の木工ボンド(正確にはコニシではなくセメダイン)で組立てます。板の間隔は1mmなので、全体では15mm幅になります。

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乾燥したら余分な脚を彫刻刀で切落とします。右が2.5mm幅で、全幅は13mmになります。

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車体に乗せてみます。これは3mm幅。

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こちらは2.5mm幅。後ろに乗っているのはパンタグラフの大きさ確認のためのモックアップです。

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3mm幅を前面から。


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同じく2.5mm幅。微妙なところだな。

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こうしてみるとかなり違いがわかります。正面がちの写真なども検討の結果、2.5mm幅を採用とします。

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パンタグラフも大きさがわかりません。一般用のPS100ではちょっと大き過ぎます。

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長さ、幅とも数mmほど小ぶりにしてみました。パンタ台に乗り、集電シューもつけば、そこそこバランスが取れそうです。

ところで、JAMまであと何日だぁ。

2019年7月11日 (木)

都電ナイト2019 のお知らせ

 路面電車EXという本に記事を書いたのがきっかけで、都電をネタにしたトークライブをやりませんかという話が舞い込んできました。個人で本業のかたわらに小規模のイベントをプロデュースしているそうで、会ってみたらまぁ真面目そうな人なので、受けてみることにしました。

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都電は昭和42~47年頃に集中して撮影しているので、全盛期に41あった系統を車庫ごとに分け、それぞれの特徴をかいつまんで説明していこうと考えています。

日時:8月4日(日)、18:00~21:00 *17:30開場
場所:高円寺pundit'(パンディット) 高円寺駅北口から徒歩5分
入場料:1500円(前売り)、2000円(当日)

会場は偶然にも私の地元の高円寺です。キャパは30人くらいの小さい箱で、プログラムを見てみるとサブカルチャー的なテーマが多いようです。なので、講演会的な堅苦しい雰囲気ではなく、会場のノリに合わせて臨機応変で喋ってみようと考えています(はなっから台本なんか作る気はないし)。今更あいつの話聞くのに1500円も払えるかい、というのが正しい判断かと思いますが、たまにはちょっと無駄遣いしてもいいかとお思いの方、あるいは、都電の話なら聴いてみたいという奇特な方は、ぜひとも足をお運びください。なお、サイン会、握手会は致しません。

2019年7月 8日 (月)

結成50周年だって

 七夕前日の6日、昼から湘南新宿ラインでお出かけ、横浜で青い帯の電車に乗換え、2駅目の関内で下車、目的地はそこから歩いて5分足らずの横浜市技能文化会館です。

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エレベーターで8階に上がり、802大研修室の
扉を開くと…。

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超ノリノリの受付があって、まずは記帳をすませます。

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改めて室内を見渡せば、目に入るのは見慣れた電車と見慣れた顔ばかり。そう、本日は酒の肴に模型を作っている集団鉄道模型同好会とな会の結成50周年記念運転会なのです。50年といったら半世紀、よくもまぁ同じことを続けられるなぁと思いますが、そういう私も会長の下藤さんとは結成前からお付合いなので、同じ穴の狢です。

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14時から記念式典ということで、その準備が整いました。この演出、結成当初の清楚な少年達も、今や立派なオジサンになったという証です。

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会長の挨拶。後ろに控えているのは創設メンバーの戸田さん。とな会という名称はこの2
人の姓名に由来しています。

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いよいよテープカット、カメラ向けのポーズです。

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テープがカットされました。

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走り出したのは50周年を記念して競作したフリーの特急電車です。

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ここでカンビールが配られ、加藤オヤビンの音頭でカンパ~イ。

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もう電車なんか眼中にありません。

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ひととおりアルコールが回った会場全景。椅子に座って熟睡している人もいました。運転会は17時で終わり、中華街に場所を移して懇親会が開かれます。とな会の本領発揮となるわけですが、下戸の私はここで中座して、足下の明るいうちに帰宅しました。

2019年7月 5日 (金)

もう「方南町ってどこ?」なんていわせない

 本日(7月5日)、東京地下鉄丸ノ内線のダイヤ改正が行われました。といっても路線が延びたりしたわけではなく、じゃあ、どこが変わったのかというと、中野坂上から分かれる通称 方南町支線 の全線で6連運転が可能になり、ほぼ終日、方南町~池袋間を直通する列車が運転されるようになったのです。方南町は同じ中野区ですから杉並区だったけど、ちょいととなりなんで知らん顔はできません。幸い雨も降っていなかったので、昼前にちょっと様子を見てきました。

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池袋~荻窪間の基本ダイヤに大きな変更はないので、改正の告知も割と控えめです。

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方南町支線が分岐する中野坂上。2面3線の中線から線内折返しの列車が発着します。阪神の尼崎みたいに両側のドアが開いています。

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3連の02系は180番代、本線に出ないので中ドアの上に運転区間のステッカーを貼っています。

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ホームは6両分の長さがあるので、3連はほぼ真ん中に止まります。

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支線から4番線に入る池袋行き。折返し列車は手前の線路に入ってきます。中野坂上~池袋間はデータイム1時間に15本となり、新宿止まりがなくなっています。

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本線からの方南町行きは1時間に3本。中野坂上では毎時00、20、40分発です。

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方南町という表示が当たり前に見られるようになりました。

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次の方南町行きは2000系でした。化粧板が淡いピンクなのは300形を意識しているのか。

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連結面寄りの丸窓。貫通路も丸をイメージしているらしい。

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ドア上の表示は3面になっています。

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方南町に到着。こちらは方南通の出入口なので、目立った変化はありません。

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3連は終端寄りから3~5両目の位置に止まります。環七側の改札からだと3両分くらい歩かないと乗れません。ホームはリニューアルされ、天井にあった変なものは姿を消しています。その代わりに冷房能力が強化されたようで、じっとしていると肌寒いくらいでした。

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支線内の運転本数はデータイムに9本、そのうちの3本が本線に直通します。

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本線直通は2番線、支線内折返しは1番線から発着します。

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過走に備えて線路の終端が延長されています。先っちょの1両分くらいは第3軌条がありません。

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環七側の改札口からホームを見たところ。通路の両側は線路があります。

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地上に出てみます。環七内回りの青梅街道方向ですが、衝立みたいなビルが建っています。手前の幅は1mそこそこ。一番手前の窓部分には空調の室外機が置かれています。

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反対側から。真ん中あたりでも奥行きは
3mそこそこくらい。真ん中の階段を境に南側(画面奥)が5階、手前(北側)が4階で計9室になっていますが、住居ではないと思います。

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そして年配の模型ファンには懐かしいこの店、残念ながら昨年で営業休止になり、再開の可能性はなさそうです。
*今のところ日曜のみ営業しているそうです。

 

2019年7月 3日 (水)

初撮り

 結構前から営業運転に入っているのに、なかなか巡り会えない車両ってありますね。

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私にとって巡り合わせの悪い車両の代表は都営地下鉄の5500形です。1本目は2018年5月に竣工していて、今年の5月現在で9本が在籍しています。京急に乗る機会はそこそこあるのに、今まで品川で一度見かけただけでした。そこで、原鉄の箱根登山鉄道展初日に横浜まで行った5月24日、帰り道に空港線の糀谷で1時間ほど粘っても全然姿を見せません。光線も悪くなったので引き上げたのですが、まだ諦めきれずに梅屋敷でもう一度構えたら、15分ほどでやっと来てくれました。前面のピンクの帯は歌舞伎の隈取りを表しているそうですが、だったら側面に当たり狂言の題名なんかを勘亭流の文字で入れるくらい遊び心があってもよさそう。

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もう一つは地下鉄丸ノ内線の2000系。これはまだ5本目が入ったか入らないかというくらいですが、先月、御茶ノ水でちらっと見かけました。昨日(2日)、秋葉原に行く用事があったので御茶ノ水で待ち構えていたら、運良く20分くらいのうちに2本が通過していきました。白い帯には昔の300形のようにサインカーブが入っています。窓上になったのはホームドアが付いたホームからでも目立つようにということなのでしょう。

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丸ノ内線ということで連結面の窓が丸窓になっています。だからどうよなんで、アクセントとして編成中の1箇所くらいでよさそうな気がします。

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もう1本は新車ではありませんが、6月13日に撮影した武蔵野線のM51編成。なんと約2週間後の28日に、インドネシアに譲渡のため東新潟まで回送されたそうです。正に一度だけの出会いでした。

2019年7月 1日 (月)

1977年2月、名鉄の600V線区乗り歩記

 もう1年の半分が終わり、JAMも近づいて来ました。そろそろモケーも追い込まなければいけないのですが、それよりもっと重大事態が発生しました。といっても生命に関わることではなく、古いネガの一部がまた丸まり始めてきたのです。年代でいうと昭和40年代中頃から50年代前半にかけてで、旧国てんこ盛りの飯田線なんかの画像がぎっしり詰まっているから、放っておくわけにはいきません。この週末もモケーはそっちのけでネガの複写と画像処理にかかりっきりでした。ということで、ブログネタもその中から拾い出したものです。

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昭和52(1977)年2月17日、岐阜駅前の名鉄岐阜市内線です。穏やかに晴れて絶好の撮影日和でした。車両は右がモ560形、左がモ550形で、どちらも北陸鉄道からの移籍車です。

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徹明町で美濃町線に乗換えます。元札幌市電のモ870形が2本並んでいます。

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徹明町のとなりの電停には小さな駅舎がありました。まだ営業しているようです。

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専用軌道に入って最初に交換した所、日野橋までは行っていないと思うので、野一色あたりだろうか。ここから徹明町に戻ります。

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途中で撮影。道路から専用軌道に入る所なの
で北一色あたりか。前面窓下に続行標識が出ています。

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モ600形。美濃行きの続行で日野橋行きが運転されていました。

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徹明町に戻りました。市内線はここで右折して新岐阜駅前に向かいます。岐阜市内の電停は安全地帯がなく、表示も非常にわかりにくい。

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揖斐線直通の急行に乗り、黒野に向かいます。忠節を過ぎるとだんだん空模様が悪くなり、黒野に着いたら所々に雪が残っていました。

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新岐阜行き急行が発車。なんと雪がちらついてきました。それにしても赤一色になったモ510形は、オデコがだいぶ間延びしたように見えます。

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寒いし腹も減ったので、黒野茶房で小休止です。

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雪はますます本降りになってきました。

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2色塗りのモ520形。直接制御なのでモ510形と連結する時はクハ扱いになります。雪は止む様子もないし、構内にいる車両はひととおり撮影したので、岐阜市内に戻ります。

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岐阜市内は曇り空。モ510形が単行でやってきました。これでこの日の撮影は終了です。

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