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2015年2月 2日 (月)

昭和39年夏、浜大津

 大学1年の夏休み、鉄道友の会阪神支部が主催した関西の鉄道(主に私鉄)を2日間で巡るバスハイクに参加しました。関西方面は昭和35年に中学の修学旅行で京都、奈良までは行きましたが、淀川を越えるのは初めてになります。
 まだ新幹線の開業前で、夜行バスもない時代ですから、往路は夜行の普通列車を利用しました。確か列車番号は123レ、東京発は何時頃だったか覚えていませんが、京都着は10時くらい。私が乗ったのはスハ32で、牽引機は最新のEF61という、いささかアンバランスな組み合わせでした。
 京都で降りたのは、京阪電鉄のポール電車を見たかったからで、鉄道路線図だけを頼りに、浜大津に向かいました。

640718_0008その時のネガは最初に京阪の2000系が写っています。市電と交差していて、ここは四条ですね。方向板は宇治になっていますが、電車は三条行きです。次は終点だから手回しよく方向板を掛け替えたのでしょう。

640718_0003お目当ての浜大津に来ました。三条からの急行が到着するところで、車両は当時最新の260形です。先頭(画面の右)の車号は277と読めます。これは片運、後は両運です。
 この頃の浜大津は駅が2箇所あり、坂本方面には2度、スイッチバックしないと行けない線路配置でした。現在の浜大津は画面の左へカーブした所にあります。

640718_0013260形のタネ車となり、残り少なくなっていた200形。これも赤と黄色の本線特急色でした。

640718_0004ビール箱という仇名が付いていた70形。50形と同じ車体ですが本線100形の機器流用だそうです。この72は寝屋川工場の入換え車として現存しています。このグループは紺に近い青にクリーム色という地味な塗色でした。

640718_000550形の後期車は戦前に回生ブレーキ付きで登場しました。四宮車庫の火災で車体を新製しています。

640718_0006小型なので2両固定になっていた30形。連結面は屋根に母線のジャンパーが渡されています。

640718_001250形のショーティーのような20形。なんとマキシマムトラクション台車です。恐らく、このタイプの台車では日本で最後の現役だったはず。

640718_0014こんなのも来ました。箕面有馬電軌→阪急1形で、四宮車庫の火災による車両不足を補うため譲り受け、京阪では10形になっています。
 およそ2時間くらいで60形(びわこ)以外の形式が撮れました。クロスを通過するとき、車掌はポールが架線から外れないように紐を引っ張っていますが、運転士はタイミングを図ってノッチオフにする人もいれば、お構いなしに力行する人もいて、飽きずに眺めいました。
 実はここで撮影していると、時々後ろの方でピィーという汽笛が聞こえていました。こんな所に貨物の引き込み線でもあるのかなと思ったのですが、今考えればそれは江若鉄道の汽笛だったのですね。ちょっと足を延ばせば海(湖)水浴輸送で在籍車両総動員の気動車を見られたのに、当時の私は江若鉄道の存在などまったく眼中になかったのです。
 ポール電車に堪能したあとは、京都から西宮までクモハ51の高速走行に酔い痴れ、1週間ほどお世話になる親戚の家に向かいました。

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コメント

トヨペットコロナも写っていて、サイコーです。いい思い出ですね。

四条の橋詰めは、写真に写ってる東華菜館(日本最古のオーチス製エレベーターがあります)、ビアレストランの菊水、松竹の南座と、有形登録文化財が残っているので、今もあたりの雰囲気はあまり変わらず、電車がいないのが不思議なくらいです。
市電が廃止になってもしばらくは遮断器がなく、踏切番のオッサンが立ってました。
浜大津は去年行った写真と見比べてみましたが、線路配置も含めて大きく変わりましたね。

四条大橋の風景、市電がなくなり、かなり後になって遮断機が設置された他は、地下化までほぼそのままの風景でした。

 関東の人間から見ると、関西(特に京都)は新しいものと昔ながらのものとが微妙なバランスで同居しているのが興味深いところです。
 50年前はまだ近若鉄道の存在を知らない、未熟な時代でした。

近若鉄道→江若鉄道こうじゃくてつどう、でした。近江と若狭ですけど・・・

 ご指摘ありがとうございます。勘違いでした。近若では「こうじゃく」と読めませんね。本分も直しておきます。

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