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2015年1月に作成された記事

2015年1月31日 (土)

揺れ枕ストッパーの量産

 いけそうという見通しがついたので量産に移ります。といってもできあがりはたったの6個ですが。

P1268447_2パーツ一式です。チャンネル状の補強材は曲げてからニッパーで斜めに切り落とします。

P1288453_2試作品は不安定な状態でハンダ付けしたので、もう少し楽に組み立てられるよう、補助道具を作りました。

P1288456_2こんな具合にして位置を決め、ピンセットの先で押さえてハンダ付けします。

P1308476_2台車枠との相性のいい組み合わせを選び、ビスで固定します。揺れ枕を挟む間隔を0.5mm詰めたのですが、揺れ枕の幅にも工作上の誤差があり、全体に少しきつきつでした。最初の頃はこんなパーツを付けることを予想していなかったので、あとあと苦労する羽目になったわけです。なにごともいい加減はダメという教訓でした。

P1308479斜めから見てみます。赤丸の部分ですが、僅かなところで垂直が出なかったりで、かなり水面下で調整しています。実はこの三角のチャンネル状のパーツ、手前は斜辺が直線ではなく、僅かに放物線のようになっています。試作ではそれらしく表現してみたのですが、手間の割にほとんど違いがわからないので、量産では省略しました。くどいようですが、決して知らなくて見逃したのではないのです。

P1308481車体センターピン寄りがどうなっているのかは不明です。車体に取り付けれてしまえばこの角度から見ることはないので、それ以上の追求はしません。
 ところで話変わって、2月の7・8日、神戸市立青少年科学館で恒例行事となっている「鉄道模型とあそぼう」が開催されます。

P2090333写真は昨年のJORC関西のブース。このほか、GTC(ゼネラル・トレインズ・クラブ)、日本トロリーモデルクラブ、他に若手のNゲージクラブが参加します。通常は11日の建国の日を絡めて3日間なのですが、今年は日割りが悪いので土日の2日間です。クラブごとに1日数回の解説付きデモ運転を行い、JORC関西は私が説明役を務めます。関西合運より遥かに見応えがありますから、都合のつく方はぜひとも足をお運びください。昨年の模様はこちらをどうぞ。

2015年1月27日 (火)

西武池袋線、石神井公園~大泉学園間高架完成

 西武池袋線桜台~大泉学園間の連続立体化工事のうち、最後の区間となった石神井公園~大泉学園間の上り線が、24日の終電後に高架に切り換えられました。切り換え前後となる23日と26日の様子をご覧下さい。

P123833823日、石神井公園に進入する30000系10連の上り列車。まだ後尾の4両くらいは仮線の勾配区間にいます。

P126841526日、9000系10連の上り列車。先頭のすぐ右が24日までの仮線から高架に移る部分です。

P1238370こちらは23日の大泉学園。列車の合間を縫って切り換えの準備作業が進められています。

P126842126日、上り列車もすんなり高架に入って行きます。

P1238348切り換え地点を詳しく見てみましょう。こちらは石神井公園、列車の最後部からの撮影しました。仮線は35‰の急勾配です。

P1268435高架に切り換えられ、大きなSカーブになりました。

P1238343大泉学園の切り換え地点から仮線に入った所。

P1268430切り換わった上り線。

P1238349切り換え前には3箇所の踏切がありました。これは一番石神井公園寄りの石神井公園4号踏切。

P12383532番目の石神井公園5号踏切。都道で自動車の交通量は最も多いようです。

P12383565号踏切から石神井公園寄りを見たところ。信号機のあたりが4号踏切です。

P1238361大泉学園寄りの石神井公園8号踏切。

P1238358踏切の脇にあった看板。描かれている車両は新101系ですね。

P1268436石神井公園駅は駅前広場がまだ整備中です。

P1268439上の画面の右にこんな石碑が建っていました。

P1268438大正4年に鉄道が開業し、駅ができたことを記念したもので、駅が中国語の表現になっています。

P1278448オマケは昭和50(1975)年の石神井公園駅。上り線の北側に貨物用の側線があり、1日1本の貨物列車が設定されていました。

P1278449夜、上ってきて、翌日の午後に下って行くスジでした。写真は上り線から下り線に渡っていくところです。 

2015年1月25日 (日)

揺れ枕ストッパーの試作

 揺れ枕ストッパー(仮称)を試作しました。側面から見ると当て板を補強する三角のリブが目立ち、これは斜めから見ると2枚になっているのがわかります。

P1258409実物はリブがアングル状で、当て板にボルト締めされているようですが、このボルトは無視します。工作手順を考えると、リブ2枚はチャンネルで表現するのがよさそうです。ただ、ストッパー自体を左右を別々にすると取付けも面倒だし、傾きも出やすいので、一体化するようにします。

P1248382頭の中で考えてもなかなか立体的な絵が浮かばないので、まず中間台車の車輪を外してしばし睨めっこ。横梁を止めているビスが出っ張っているのが邪魔なので、これを板厚ギリギリに切り落とします。

P1248383横梁取付けアングルの段差を利用し、ストッパーを取付けるベースとなるアングルを作りました。大きさは4.4×2.8×12、真ん中に固定用として1.4mmのタップを立てています。網目板にしたのはたまたま0.5tの真鍮板でまとまった大きさのがなかったからで、表面はなるべく凸凹が出ないよう、軽くヤスっています。

P1258397これをこんな具合にハンダ付けすれば、水平な取付けスペースができあがり。ビス穴はセンターに来るように合わせます。

P1258395ストッパーはこんな形になります。左右を結ぶ帯板は0.5t。両側の三角のリブは0.3tで、さらに内側の下に3mm(0.5t)の帯板をハンダ付けします。

P1258398三角の部分を整形したら、台車に取付けてみます。台車枠にぴったり密着するので、ビス1本でもガタつきません。

P1258400手前から見たところ。左右の当て板の平行が出でいませんが、これはあとで修正します。

P1258402揺れ枕を取り付けて見ました。ちょうど本物のゴムクッションに相当するくらいの隙間があるので、ストッパーの間隔はもう0.5mmくらい縮めてもよさそうです。

P1258407トップの写真とほぼ同じ角度から。特に問題はなさそうですが、今日はここまでにしておきましょう。明日もう一度じっくり眺め、OKとなったら量産にかかります。

2015年1月22日 (木)

揺れ枕を固定化する

 実物と違い、模型の揺れ枕は単なる飾りに過ぎません。OJの世界では実物どおりに可動させるのが当たり前ですが、このキットでは模型といえどもその荷重に耐えられるようにはできていないのです。私は脱線せずに走れば良いという考えなので、妙にふらついたりしないよう、ガッチリ固定してしまいます。

P1198325手を入れる前の状態です。〇で囲った下揺れ枕を受ける部分に左右の遊びがあるので、風もないのにぶ~らぶら。吊りリンクも傾いたりしています。リンクの両側にスペーサーを噛ませ、この遊びをゼロにしないといけません。
 しかし、こんなところに入る小さなワッシャはないし、極細パイプを被せようにも、1mm以下の輪切りを作るのは現実的に無理。しばらく考え、吊りリンクの両側に当て板をハンダ付けして、厚みを調節すればよかろうという結論に達しました。寸法を当たってみると、リンクの両側を0.5mm弱膨らませれば、なんとかなりそうです。

P1218329吊りリンクを外し、0.5mmの帯板をビス穴が隠れるギリギリの位置でハンダ付け→ニッパーで切り、1.4mmの穴をドリルでさらう→裏返して同じ作業の繰り返し。この時は前にハンダ付けした部分に熱が回らないよう、手早く行います→先端部を丸く仕上げ、現物合わせで厚みを調節。という手順で加工しました。

P1228334改良後です。ふらつきはほぼ抑えられました。でもまだ枕バネまわりがすけすけです。

P3108779実物は揺れ枕の前後動を押さえるストッパー(青線囲み、正式名称は不明)があり、なかなか厄介な形をしています。まぁ作れなくはないけど、模型ではどこにどうやって固定すればいいのか。方眼紙にラフスケッチを書きながら考え中です。   

2015年1月20日 (火)

彦根の秘宝館(その2・完)

 2004年5月に撮影した、近江鉄道彦根駅構内の様子です。ちょっと枚数が多いですが、残りほぼ全部を一挙公開します。

P5284993キハ10形。いわゆるLeカーの2軸車で、主に八日市~貴生川間で使用された。車体の割にエンジン出力が大きく、かなり爆走したと伝えられています。

P5284936車内もまだそんなに荒れていません。缶コーヒーなんかのカートンが積まれ、移動倉庫になっていました。

P5284994車輪は固定式ではなく、1軸ボギー式になっています。

P5284959DD13104。国鉄のDD13を譲り受けたものです。

P5284958福島臨海鉄道から譲り受けたDD451の運転台。足回りはロッド式なのですが、撮り忘れました。

P5284943ちらっと見えているED312。動ける状態ではありません。手前のモーターカーは車籍なしのようでした。

P5284967ED313。これは現役です。しかし、前が見にくそうですね。窓というより覗き穴といった方が当たっています。

P5284997これも現役のED314。台車はDT10となっていますが、軸バネ受けのリブが2列だし、全体に少しぺちゃんこで、純正のDT10とは違うように思えます。

P5284984これはナンバープレートがないけど、ED311と思われます。台車は仮のものだし、パンタも舟は外されています。部品取りのなれの果てでしょうか。

P5284971豪華! ED14の4両並びです。細かい部分は1両ずつ異なっていました。

P52849741箇所だけ田の字窓が残るED143。

P5284975茶色になったED144。前照灯にツララ切り?が付いています。4両ともGEの銘板は残っていません。

P5284976元阪和のロコ1100形。日車製で、均整の取れたスタイルをしています。電機なのに直接制御だそうですが、運転台に入らなかったのが心残りです。

P5284982ロコ1100形の台車。軸箱の蓋に日車の文字とマークの陽刻が入っています。

P5284977元東武のED4001は休車状態でした。今は東武博物館に鎮座しています。

P5284940貨車もいろいろありました。これはまだまともな方のワフ8(ワフ1形)。そんなに貨物列車が多いわけではないのに、このワフ1形は9両あったそうです。

P5284968_2これは下塗りのまま? 車号がありません。

P5284969ここまでなるには何年くらい放置したのだろうか。

P5284986構内にはいろいろな部品も転がっていました。左はモーター、真ん中に横たわっているのは、元西武401系の前面です。

P5284980西武の標準台車。付随車用を電動車用に改造したTR14Aと称するやつです。

P5284988モーターもごろごろ。MT15でしょう。

P5284987空気圧縮機はDH25です。こんな形をしているんですね。

P5284985単なる放置ではないようなのですが、なんの車輪なのか。バランスウェイトがあるけど、蒸機用にしては車輪径が小さいし…。
 彦根駅構内のお宝はここまで。このあと、高宮駅の側線に留置されていた貨車も見てきました。

P5284998トム200形。軸受けは1段リンク式です。後ろにいるのは元西武の401系。何両かは801系になれず、ここで朽ち果てたようです。

P5284999ト50形でしようか。ようわかりません。

P5285001セキ1形。31両在籍していたそうで、ずらっと連結されていました。なんで近江に石炭車?

P5285002チ1形。荷台にステーがあるので、レール運搬用か。エアホースは付いているけど、この車は車側ブレーキだけですね。

P5285003ホキ10形。国鉄のホキと同形で、これは今も現役です。

2015年1月18日 (日)

見た目は変わらず

 JORCの例会も終わり、14日から0番EF65の工作に取りかかりました。2015年最初の工作は、台車間の母線引通しです。文字で書くとなにやら物々しいですが、要は台車間の+・-側をそれぞれ結ぶことで、集電をより完璧にしようというのが狙いです。
 ただし、リード線をうねうねと這わせるのはいやなので、ビス止めだけで導通するように工夫してみました。

P1148283_2まず台車には集電ブラシ(0.2t燐青銅)を取り付けます。青線で囲った部分です。画面下の絶縁側はT字型で、当然ですが台車枠とは絶縁されています。上の非前縁側は帯板を枕梁にビス止めしました。

P1148290_2絶縁側と非前縁側で高さに差があるので、非絶縁側には2mm厚のスペーサーを入れました。これでほぼ高さが揃います。

P1158295_2床板は下面に集電板を取り付けます。ビスは1.4mmで、床面上からナット止め。このナットは小さくて扱いには苦労します。集電板と荷重受けは接触しても問題ないのですが、車体が傾くと荷重受けに接触することがあるので、念のため荷重受けの裏側をヤスり、隙間を空けておきました。

P1178321_2床面上は両脇に軽く溝を掘り、1.2mm真鍮線を木工ボンドで固定して母線とします。光って見えるのが真鍮線です。線の太さに技術的な根拠はなく、このくらいなら丈夫だし、電気的な容量も十分だろうと判断しました。これではまだ集電板と接続されていません。

P1178319集電板固定ビスの片方は燐青銅の接触片を挟んで固定します。これで電気的にしっかり導通します。

P1178323台車を取付けたところ。集電ブラシは荷重受けの内側に隠れるので、外観上はまったく目立ちません。

2015年1月16日 (金)

私鉄の撮り始めは京急と東武

 松の内が明けて仕事先への挨拶もすませ、9日が本格的な撮り鉄の開始となりました。まずはJRの新子安で小一時間ほど構え、185系の踊り子を1本撮ったところで川崎に移動。京急大師線の干支マーク付きを狙ってみます。

P1098215川崎を出てすぐの踏切からの1枚。光線の具合もまずまずと思ったら、肝心の干支マークに電線の影が落ちていました。

P1098220結局、定番の川崎駅ホーム端からのショットに落ち着きました。毎年の定点撮影ですね。

P1098225マークは2種類あります。光線が強すぎて、肝心の絵柄がよく見えません。

P1098219

P1098221マークのアップです。上は数字が電車のイメージになっています。お大師様は3日に西新井でお参りしているので、この日はこれで引き上げました。
 11・12日は外交活動、13日は東武東上線を覗いてみました。10時20分頃に池袋に着くと、運よく8000系が25分発の急行(森林公園行き)で発車するところなので、これの折り返しを狙うことにします。

P1138260各停でロケハンして、志木の手前でそこそこの場所を見つけました。かつてこのあたりは雑木林が広がっていて、今でも僅かにその面影が残っています。来る電車はステンとアルミばかりです。

P11382691時間ほど待って8000系が戻ってきました。後ろの方に建物の影が入ったけど、まぁよしとしましょう。それにしてもこの時期は正午前後でも陽が低く、影の長さには泣かされます。

Dscf0385上りの急行は各停に折り返すので、成増から池袋寄りでもう一度狙えます。成増の上りホーム端には同業者が3人ほど。構え方が三者三様ですね。

P1138270ここは上り先頭が順光ですが、陽が当たるのはほんの一瞬です。なので編成全体は無視して、頭だけを狙います。

Dscf0383お別れマークのアップ。前後とも同じデザインでした。下り先頭のクハ8606は行き先と種別表示が幕式なので、急行となる下りのシーンも外せません。

P1138276まだこの時間だと下りの先頭は完全な順光にならないし、上り線側からだと側面は逆光になります。しかし、もう贅沢をいっている時間的な余裕はないので、東武練馬~上板橋間で構えました。ここの線路端には三脚か一脚に一眼レフを乗せた本格装備の同業者が7・8人貼り付いていました。私と違ってみなさん気合いが入っています。
 待つこと10数分で8000系が通過。白い車体に赤の急行表示が絶妙のコントラストです。白い車体のせいか側面もそんなに潰れていません(画像ソフトでシャドーを少し持ち上げています)。
 この8000系10連は17日がラストラン。といっても東武から8000系が消えるわけではないので、そんなに大騒ぎすることもないのです。まぁ、野田線はあと数年が勝負ですが、ワンマン車は今のところ他の形式に置き換える計画はないので、ローカル区間はまだまだ8000系の天下です。とはいえ、ひとつの区切りであることは間違いなく、この機会にハードディスクから8000系の想い出画像を拾い出してみました。

P2141669一番古いのは2003年2月、池袋の1番線に停車中の8108編成です。偶然にも左の2番線に8175編成が停車しています。

P32255182006年、曳舟。まだこの頃は原型の顔もよく見かけました。

P61303252007年7月、志木~柳瀬川。一眼レフ(オリンパス E-330)を買って間もなくの頃で、デビューしたばかりの営団10000系を撮るのが目的でした。8000系は東上線配置車の半数弱というところ。だいぶステンレス車が増えて来ました。

P80150962011年8月、志木。偶然にも8175編成です。東上線1日フリーきっぷを利用して寄居まで行く途中の撮影。この時点で8連固定は4本在籍していました。4連のワンマン車に乗ったのもこの時が初めてです。

P8015189同じ日の小川町。8175+8506編成なので、この頃から半固定編成だったのでしょうか。幕表示を撮ろうと1本見送りました。
 本線系統はもう少し撮っていますが、地理的には近い東上線の方が疎遠です。

2015年1月13日 (火)

新春の恒例行事

 新春の行事といっても、新進シャンソン歌手の新春シャンソンショーではありません。11日はJORC(日本0番鉄道クラブ)の1月例会、11・12日と湘南鉄道模型クラブの新春運転会が開かれました。12日は別の用事があるので、1日で両方に顔出ししないといけません。JORCはともかくとして、友好クラブにそこまで義理立てしなくてもといわれそうですが、この年になって付合いを一度欠席すると、すぐに死亡説が蔓延してしまうのです。

Dscf0353まずは9時過ぎに家を出て、隅田川、荒川、江戸川を越えて千葉の稲毛に向かいます。会場の大聖堂は会員の自宅で、例会の日は門の両脇にこのプレートが掲げられます。

Dscf033611時少し前に到着。すでに盛り上がっています。ブリキの電車の試運転をするつもりだったのですが、3線式レールは電気系統のトラブルがあり、残念ながら試運転は中止です。

P111824913時過ぎから新年の挨拶、事務連絡をすませ、生存確認の写真を撮ります。これは1月例会の恒例になり、高齢者が多いJORCでは貴重な記録になります。
 16時でお開きになるところを1時間ほど端折り、一路、神奈川県の藤沢に向かいます。ドラエモンのどこでもドアはないので、京成、JR、地下鉄東西線・千代田線、小田急を乗り継ぎ、3時間弱の長旅です。

Dscf0359いつもの会場に着きました。入り口で記帳します。しかし、なんでここに電気ポットがあるのだろうか。

Dscf0357上の写真の右手を見ると、すでにかなりのアルコールが消費されたことがわかります。

Dscf0365熱気を押しのけて中に入ります。ここで献上品を納め、「ほな取り敢えず1杯」の缶ビール。落ち着いたところで模型も眺めて見ましょう。

Dscf0361明るいうちに第一波の嵐が過ぎ去ったようで、いつもより人数が少な目な感じでした。

Dscf0370あちこちのブログで紹介されている作品が並びます。手前は阪鉄さんの南海軌道線モ205形。そのほかはこちらの方の作品と仕掛品です。

Dscf0371真鍮の未塗装車体はクハ79形の350番代。私の地元でお馴染みだった形式です。このカッチリと隙のない作り方は、いうまでもなく f.babaさんです。
 左の京急は誰のか確認していませんが、なかなかいい雰囲気です。

Dscf0367こちらは13mmの機関庫。こうして見ると古典蒸機もいいなぁと思います。

Dscf0375ほどなくして、ここでも恒例となった記念撮影。この人の手を煩わせるということは、数ヶ月後にどこぞの模型雑誌に載るのかも知れません。

Dscf0378こちらが撮られる面々の一部。私も紛れ込みました。今年も模型を肴に楽しく遊べそうです。なお、湘南鉄道模型クラブは来年で創立40年となるそうで、なにか「あっ」といわせる記念行事を考えているという、会長のお話がありました。

2015年1月 9日 (金)

彦根の秘宝館(その1)

 数日前のchitetsuさんのブログに、近江鉄道の旧型車が現役の頃の貴重なシーンがアップされました。私はその時代は見ていませんが、廃車になって彦根に放置されている状態を撮影しています。今から11年前の2004年5月、まだ近江鉄道ミュージアムは整備されず、あちこちに廃車体が放置されているという迷宮のような状態でした。
 この時の撮影機材はまだ銀塩一眼レフが主役で、デジカメ(オリンパス C-3100)はメモ代わりでした。300万画素で、色がやや青っぽくなっていますが、まぁ、なんとか見られるレベルです。 

P5284932構内の南側は水路で道路と隔てられています。電柱の脇の1本橋が道路から電車区への正式な通路です。

P5284962さらに奥に進んだ所から振り返ります。これはチューリップ電車だったモハ132-クハ1215のようです。

P5284935構内のほぼ全景です。右端は改造中の元西武401系。その奥に801系のモハユニットもいました。この奥の方に廃車体がゴロゴロしいるので、まずは電車から見ていきます。

P5284945モユニ11。車体は京王井の頭線の1707です。

P5284951車内の荷物室です。積荷のシートや荷物棚は他車から外したものでしょう。

P5284950郵便室。本格的な区分棚を備えています。

P5284953これは荷物室側の運転室。簡単な作業机があります。

P5284956運転台には多賀大社の御札が貼ってありました。

P5284944元岳南のモハ100形。言わずと知れた日車の鋼体化タイプです。

P5284949車内はまだ吊り広告が残っていました。

P5284947台車はDT10ですが、電気指令式ブレーキに改造されたので、左端にブレーキシリンダーが付いています。

P5284946chitetsuさんが現役の頃を撮影されたモハ9-クハ1208です。このあたりは線路の上にも踏切の部品なんかが転がっています。

P5284954モハ9の屋根は、かなり悲惨な状態になっていました。

P5284992モユニ10。元西武のモハ232です。これもかなり凄まじいですね。

2015年1月 7日 (水)

ブリキ車体の再生(その6)

 年が明けてもEF65はまだ手付かずで、ブリキの自由形電車をいじくり回しています。

P1018041元日の午後は逆転機の移設に取りかかりました。4×4のアングルを加工して取付金具を作ります。

P1018047一般的な水平取付ではなく、垂直に取り付けます。こうすればホームに引っ掛ける心配もないし、配線も楽です。

P10481794日の夕方から配線をすませました。界磁コイルもあるので、直流式より面倒です。最終的にはテープで止めるなどして、もう少し見栄えをよくします。

P1058183_25日に車体を被せて試運転もしました。エンドレスは組めませんが、快調に走ります。逆転機はほとんど目立ちません。

P10681916・7日は前照灯の取り付けです。これは車両の持ち主であるブリキ教の教祖様から支給されたもので、かなりの年代物です。このままでは半田付けができそうもないので、サンドペーパーで磨きます。当然、写真を撮ったら右のヤツも磨きました。

P1068196取付は模型として最も簡単で確実な方法を考え、こんな金具を作りました。3×6×3くらいのチャンネル状で、真ん中に2mmのビスを通して半田付けしています。

P1068197屋根には垂直の穴を通して差し込んだところ。前照灯の筒に当たりそうなので、ビスの頭はヤスっておきます。

Dscf0281前照灯本体を半田付けしました。

Dscf0282裏側からナットで止め、リード線も通しておきます。

Dscf0287こんな感じになります。まぁ、いいんじゃないかな。

Dscf0291_2アップで見てみます。こちらは若干下向きですが、このくらいでいいのかも。

P1078203全体像です。非パンタ側はほぼ水平ですが、少し下向き加減の方が感じがよいので、もう一度修正します。あとはテールライトの取付方を考えないといけません。

2015年1月 5日 (月)

犬も歩けば〇〇に当たるのか? 

 4日は朝方が曇りがちでしたが、だんだん晴れてきたので、昼前から徘徊を開始しました。表向きは健康のため、実は残り少なくなった灯油を節約するためでもあるのです。新宿で山手の外回りに東京駅100周年編成を見かけたので、まずはこれを狙います。御徒町はだいぶ群がっていたので、もう少し先と鶯谷まで行ったら、こちらが停車する前に擦れ違ってしまいました。
 それなら東海道方面で185系の踊り子でもと京浜東北線の南行に乗ったら、新橋の手前でOM8編成(国鉄特急色)と擦れ違い。もう前面の字幕は回送になっていたので、これは諦めます。

P1048148大井町の山手電車区(今は東京総合車両センター、というらしい)の脇がいい光線状態なので、下車して構えます。左に見える高いビルのおかげで、東京タワーは頭がほんの少し見えるだけになってしまいました。
 このあたりも架線がコンパウンドカテナリーからシンプルカテナリーに変わり、電柱の間隔も少し短くなったようです。

P1048149京浜東北線は全部E233系、編成も1種類なんで、1枚撮れば十分です。

P1048152上りの「スーパービュー踊り子」。もうこれもデビューから20年以上たっていますが、私はまだ乗ったことがありません。

P10481532・3本待ってE231系が来ました。特にこれを撮りたかったわけではありません。14時を10分以上過ぎても下りの特急は来る気配がないので、ここは撤収。まだ帰るには早いので、蒲田まで行ってみます。

P1048157東急の蒲田はホームの先端に同業者が何人かいます。これはと思ったら案の定、これが来ました。

P1048166車内にはこんなプレートも付いていました。さてどこで走りを撮ろうかと、五反田行きに乗って車内からロケハンします。

P1048172結局、超有名な場所に来てしまいました。実は車内から見た時は、ここより雪が谷大塚寄りでも蒲田方面行きの線路に陽が当たっていたのですが、戻るまでの30分足らずのうちに、完全に日陰になっていました。私が一番不真面目に構えていたせいか、通りがかったオバサンに、「なにか珍しいものが通るんですか」と聞かれました。

P10481732本目で7600がやってきました。もう15時過ぎなので、足回りまで陽が回りません。画像処理ソフトでかなりハイライトを抑え、シャドーを持ち上げています。

P1048174ダメ押しのもう1回を旗の台で狙います。この改造1000系、一部ではボロクソに叩かれていますが、私はそんなに嫌いではありません。車内もドア以外は木目調になって、5000系よりずっと落ち着いた感じです。

P1048176夕陽にギラリの7600系。やはりステンレスカーはコルゲートがないとサマになりません。というわけで、本日の当たりは東急7600系でした。

2015年1月 4日 (日)

初○〇

 年が明けての初〇〇というのは大抵2日に行うものだそうです。私、2日は地元の氏神様に新年のご挨拶に行ったくらいなので、本日(3日)が初乗り、初撮りとなります。

P1038057朝9時過ぎ、高円寺駅からの富士山です。風があるせいで雲ひとつかかっていません。白いところにボチッと黒いのは鳥が画面を横切ったので、ゴミではありません。このあと、3月改正で廃止になる特急「あやめ」を撮るつもりだったのですが、よく考えたらE257系でヘッドマークはLEDなので、走りを狙ったらまともに写りません。駅で止まりを撮れば十分なので予定を変更し、まだ未乗の東武鉄道大師線に行くことにしました。

P1038063西新井の大師線ホーム。初詣の横断幕が張られています。

P1038068いつもは2連のワンマン車が1本で行ったり来たりの大師線ですが、4日までは1時間に6本が8本に増発され、列車も2本になります。前面の賀正のヘッドマークは貼付けなので、この2本は大師線専用の運用なのでしょう。

640314_0032これは昭和39年の西新井駅大師線ホーム。電車が2両というのは今と同じです。

P1038071東急田園都市線では人身事故があったとかで、急行が渋谷止まりになっていました。

P1038113ラッシュ並の電車で一駅。大師前に到着しました。ここは線路が2本あったのを1本にしてホームを広げたようです。そのため、2列車にしてもそんなに運転間隔は詰められません。

P1038080せっかくここまで来たのだから、お大師様にお参りしていきましょう。本殿までは大回りの一方通行になっています。

P1038083本殿が見えてきました。ここでいわゆる羊羹切り。昔の改札止めみたいです。

P1038085やっと列の先頭まで来ました。

P1038086お参りをして駅に戻ります。参拝の列はまだまだ増えています。

P1038089境内はかなり複雑なようで、全部は回りきれません。鐘撞堂もあります。お布施を納めると1回突けるようでした。

P1038094ここが正規の参道のようです。

P1038096いい雰囲気の煎餅屋です。このあたりは趣のある商店も点在していて、空いている時にのんびりと見て歩くとおもしろそうです。

P1038098帰りは駅をゆっくり見てみます。こちらは参道に面した出入り口で、門前の駅にふさわしい駅名標が掲げられています。

P1038097こちらがバス乗り場に面していて、正面口になるのでしょう。改札口の名残がありますが、大師線は西新井で運賃の精算をするので、大師前での乗り降りはフリーです。

P1038102とはいえ、初詣で期間中に限り臨時の切符売り場がオープンしています。

P1038110前面に陽が当たってきたので、到着する電車を1枚。大師線は高架なので、写真を撮れる場所は限られます。

P1038115西新井に戻りました。まだ昼前なんで、乗り降りどちらも混んでいます。

P1038122これで帰るつもりだったのですが、乗った電車が10030系のブツ6編成だったので、そいつを狙おうとこの駅で降りました。しかし、お目当てが北千住止まりと思ったら竹ノ塚行だったので、すぐには戻ってきません。風が強くて寒いので作戦変更です。

P1038128結局、お目当ての編成に乗り、小菅で後追いを狙いました。かつては新栃木の8000系2連を3本併結した運用がありましたが、これは果たして定期運用なのか、調べてみる必要があります。

P1038130_2小菅は非常に風通しがよくて寒いのですが、30分ほどで臨時特急が来るというので、我慢して待ちました。下りの1本だけという最も希少価値の高い「ゆのさと」です。

P1038134さぁ帰るぞと思ったら、10030系でも賀正マークの付いた編成がいたので、こいつを東向島でキャッチ。風はだいぶ治まってきました。腹ごしらえをしているうち時間は14時を回り、これなら朝方撮り逃がした臨時特急「きりふり」の帰りを狙えそうです。

P1038138午後の上りは複々線区間で楽勝、という考えは甘く、冬の低い日射しで松原団地は全部日陰になっていました。ならばと次の新田で待ち構えます。ここはカーブにかかっていますが、6連ならなんとか収まります。しかし、オリンバスの標準ズームは時々ほんの僅かピントが外れるような気がします。

P1038141昼過ぎで引き上げるつもりが、結局夕方までになってしまいました。最後にまた高円寺で富士山を写し、本日の初乗り、初撮りは終了です。

2015年1月 1日 (木)

2年越し達成!

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 2015年、明けまして おめでとうございます。

 というわけで、無事に年が明けました。

P1018039そして、2年越しの工作はというと、しまいこんだ部品を探し出すのにかなり時間を食われてしまいました。写真はちょうど0時を迎えたところで、時計は電波時計ですから、ラジオの時報とぴったり合っていました。
 で、模型とは関係ないのですが、昨日限りで新宿のミラノ座が閉館になったそうです。私はそんなに映画は見なかったけど、ミラノ座の最上階にはスケートリンクがあって、そこで初めてアイススケートを体験したという想い出があります。氷はべちゃべちゃで、決してよいコンディションではなかったけれど、場所がいいので賑わっていました。
 コマ劇場と並んで新宿のシンボル的存在でしたが、今や歌舞伎町の入り口では、ドン・キホーテが一番目立っています。

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