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2014年10月18日 (土)

50年前の小田急(その1)

 50年前の昭和39年10月、何日かは忘れましたが、小田急もダイヤ改正が行われました。この改正は趣味的にもなかなかおもしろい材料が揃っていたのです。具体的には、
1.通勤急行、通勤準急を急行、準急に統合。
2.快速準急の新設。
3.最大編成が急行、準急は8連、普通は6連となる。
4.相模鉄道の本厚木乗入れ廃止。
 などで、車両は2600形が戦列に加わりましたが、駅ホームの制約からまだ5連でした。また、普通の6連化に伴い、1800形の4連も実現しました。
 まず、その1では改正前の様子をご覧ください。

641829_0003朝の柿生駅です。平日の朝、上りはここで通勤急行が通勤準急を追い抜いていました。写真ではわかりにくいですが、通勤準急の運板は赤地に白文字でよく目立ちました。ダイヤ改正後も急行が準急を追い抜くパターンは続きます。

641829_0001待避中の通勤準急。ラッシュ時はABF車も急行や準急に使用されていました。写真の1703編成は本来ならパンタがPT35なんですが、この時はS710Cに変わっています。

641829_0012ちょっとボケボケですが、通勤急行はABF、通勤準急は1800形という組合わせ。ABFの最後尾はおそらく1962でしょう。

641829_0007このあと、相鉄からの乗入れ列車を撮るため、厚木に移動しました。ちょうど国鉄相模線の列車が到着したので、オマケの1枚です。相模線は両運車ばかり配置されていたから、キハ20×2+キハ10でしょう。それにしてもかなりの混雑しています。

641829_0008相鉄車両の本厚木行き。先頭のモハはまだ木製ドア、中間のモハは車体更新すみ、最後尾のクハは元青梅の車両です。それにしても、ホームにはまったく上屋がありませんね。

641829_0009横浜行きも写しておきました。上りホームも上屋はないようです。

641829_0011本厚木に到着する相鉄6000系。海側の側線はホキの定位置になっていました。

641829_0015折り返して上りホームに入って来る6000系。山側には砂利積込み用の貨物ヤードがありました。トフの姿が見えています。小田原寄りは海側に申し訳程度の改札口がありました。

641829_0024貨物ヤードにはED1041が待機していました。

641829_0013相鉄と小田急の並び。HE車がずいぶん貧相に見えます。

641829_0017最後に海老名で小田急から相鉄の線路に戻るところのショット。車両は先ほどの厚木で写っていた3連です。

641829_0018少し引いたショット。回りは見事になんにもありません。

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コメント

へえー、相鉄線は本厚木まで乗り入れていたんですか。おっやまー!(厚木のホームの後ろに山頂が見えてますね) 失礼しました。

いや~、懐かしい!とんでもなく見入ってしまった画像です。 この頃は相鉄6000は既に4連だったのですね。

線路繋がっているうちに、2320形で横浜発箱根湯本行の準特急でも走らせる気はなかったのでしょうかね?

 乗入れは相鉄の片乗入れです。恐らく乗務員も海老名での交代なしだったと思います。
 乗入れ廃止は小田急側の列車本数が増え、海老名での本線横断が運転上のネックになったから、というのが公式見解です。当時、小田急は横浜方面に進出しようという気はなかったのでしょう。

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