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2014年9月に作成された記事

2014年9月30日 (火)

南海電鉄の駅(その2)

 南海の駅、残りをまとめます。まずは定番の浜寺公園、ただし、正面は何度も紹介されているので、別の角度から。

P7233966下りホームから見た上りホーム。赤い屋根が駅舎です。上りは難波寄りに待避用のホームがあります。

P7233988下り側にも改札口があります。そこから見た駅舎。

P7233990下りホームには独立した待合室があります。冷房付きですが、室外機は目に付きません。

P7233972これはオマケ。浜寺公園から少し難波寄りの海側にある南海荘というアパートで、前回(2000年)の取材の時にも、かなり凄い状態でした。取り壊されていないから、まだ現役なのでしょう。“高級文化住宅”て何十年前の話なんだろうか。

P7233941お次は浜寺公園から1駅難波寄りの諏訪ノ森。下りホームの和歌山市寄りからの撮影で、上りホームは踏切の向こうです。

P7233948上り側の駅舎、蛸地蔵とよく似た造りです。

P7233951内部の照明も凝った造りです。今は蛍光灯ですが、できた当時はもちろん白熱電球だったはず。ステンドグラスが入った窓が5枚で、蛸地蔵より1枚多くなっています。

P7233960側面から見たところ。この諏訪ノ森と浜寺公園は平成30年度までに高架化されることになっていて、浜寺公園の駅前にあった松の木2本はすでに移設されています。駅舎はなんらかの形で残すことを検討しているようですが、現状の撮影はお早めに。

P8195158似たような駅はもうひとつあります。羽衣から分かれる高師浜線の終点、高師浜駅。線路は高架になっても、地元の要請で地平時代の駅舎が残されています。

P8195151_2直線的な屋根が蛸地蔵や諏訪ノ森との違いでしょうか。ステンドグラスの窓は3枚です。

P8195165こちらは予想外の拾いもの(といっては失礼ですが)だった、汐見橋支線の西天下茶屋駅。岸里玉出から乗るつもりが、出て行ったばかりなので、それなら戻って来るのを迎えに行くかと、西天下茶屋まで歩きました。思ったより距離があり、危うく熱中症かという状態でしたが、岸里玉出から乗っていれば素通りしてしまうところでした。
 画面右が上り(汐見橋方面)ホームで、こちら側には一応商店街があります。

P8195170下りホーム側の駅舎。だいぶ寂れているし、南海本線の駅舎とはデザインも異なります。でも、できた当初はそこそこ立派な駅舎だったと思われます。

P8195166ここは西成区、といっても愛隣地区のような危ない雰囲気はなく、ごく普通の住宅街です。ただし、電車は30分に1本しか来ません。線路は単線でも十分です。

P8195179ホームもそれなりに寂れています。

P8195186岸里玉出に向かう電車の後追い。田舎と都会が混在したような、なんとも形容し難い雰囲気です。

P8195204最後は高野線の帝塚山駅。帝塚山といったら田園調布や芦屋と並ぶ高級住宅街で、近くには帝塚山学院というお嬢様学校もあります。しかし、この下り線ホームの狭さは常識を越えています。
 なにせ改札は1列だし、ホームは点字ブロックの内側を2人は並んで歩けません。屋根の幅からもホームの狭さが想像できると思います。

P8195209ホーム端から改札口を見たところ。取材は夏休み中だったので、ここがお嬢様達で溢れんばかりになるところを見られなかったのが心残りです。

2014年9月27日 (土)

富士急行2日間乗り放題(その3)

 富士急はこれで最終回、車両の紹介とオマケひとつです。2日目の9日は好天に恵まれたので、形式写真を重点的に撮ることにします。しかし、前日にひととおりロケハンしたところ、富士急の沿線は意外と開けた場所がないので、下吉田駅に停車中の下り列車を狙うことにしました。そういえば、10年以上前ですが、取材で来た時も結局は下吉田で撮った記憶があります。
 前日と同じ、大月10:07発に乗ります。この列車と下吉田で交換する上りはJR直通の115系なので、こいつも見逃せません。

P9095782_2下吉田は115系が先着。11:52発でこちらが停車する前にドアが閉まりました。慌ててホームの端まで走り、なんとか電柱に引っかからずにキャッチ。次は本命のフジサン特急5号。これは元小田急20000形の8000系です。下吉田は通過ですが、ここで上りのフジサン特急4号と交換のため運転停車します。5号が11:18頃に先着して数分停車するため、撮影には好都合です。

P9095813ただし、ひとつ落とし穴があります。これは5号が停車しているところで、ちょうど前面の屋根に架線ビームの影が落ちます。本来なら交換する4号は元JRのパノラマアルプスですが、この日は検査のため6000系(元JRの205系)が代走していました。

P9095814ビームの影を避けるには、シャッターを切るタイミングを停車寸前とするか、あるいは写真のように発車してからにします。4月から運転開始した8000系はまだ台車もそんなに汚れていません。今のうちに綺麗な状態を記録しておかないと、冬になって霜を被ると途端に艶が落ちてしまいます。

P9095836次は元205系の6000系が来ました(11:42発)。ヤマノススメとかいうアニメのヘッドマーク付きで、車内の案内放送もアニメの主人公の声が追加されています。

P9095845次は12:04発の富士登山電車1号。観光電車ということでいろいろと手が加えられていて、座席定員制のため、フジサン特急フリーきっぷだけでは乗れません。

P9095858その次の12:14発はトーマスランド号のはずなんですが、この日はマッターホルン色が代走でした。どこにも車号が見えないけれど、1201-1301です。

P9085729本来のトーマスランド号はこちら。8日に田野倉で撮影しました。この5000系はキハ47みたいな窓割で、このまま飯田線とか身延線に入ったらいいなと思いましたが、富士急でも増備はなく、2連1本だけです。台車は国鉄DT21タイプなのに、だいぶソフトな乗り心地で、バネ定数が違うのかも知れません。

P9085603トーマスランド号の車内。右端は子供用の運転台になっていました。その上のローレル賞プレートは本物です。

P9095866次はフジサン特急7号。12:31くらいの通過で、この日は6000系の代走でした。ヘッドマークはパーミル会の共通デザインで、叡電とか神戸電鉄にも同じマークを付けた列車が走っているはずです。
 あと2時間くらい粘ればこの日の全列車を撮れるのですが、夕方までに帰宅しないといけないので、撮影はここまでとします。以下の2点は前日に撮影したものです。

P9085723京王色になり、車号も5113-5863になった1001-1101。5863もモーター付きじゃないかという突っ込みは、止めておきます。

P9085611元205系の量産車。富士急では6500系と形式を分けています。

P9085624電車の合間にこんなのも撮っておきました。うしろのホキ801はまだ車籍があるはず。

P9095817
P9095819こちらは誰が見ても現役。上が最新タイプでしょう。黄色いのはよく見ると側面の塗り分けがフジサンになっています。

P9095826最後にオマケ。下吉田駅は向かって右が駅事務室、左が下吉田倶楽部というカフェになっています。

P9095869下吉田倶楽部の内部。天井も高く、ゆったりしています。

P9095871ここの名物メニューは左の下吉田ハニートースト。ハイランドホテル特製の食パンに蜂蜜、チョコレートをかけ、さらにアイスクリームが乗っています。甘いものがダメな人は、見ているだけで胸焼けしそうですね。
 値段は280円、コーヒーとセットで480円。飲み物はコーヒーより昆布茶が欲しくなりました。

2014年9月24日 (水)

2014関西合運レポート(その2)

 合運といっても宴会の話しばかりになってしまいましたが、模型もひととおりは目を通したので、印象に残ったものをアップしておきます。

P9206143これは「鉄道模型同好会どうりん」のブース。私が注目したのは一番奥の福井鉄道200形です。冷房化後の姿で、この時期には台車が取り換えられ、連接部は日車のオリジナル、両端の動力台車は国鉄DT21になっているのをしっかり表現しています。

P9206150
P9206152以下の2点は日本トロリーモデルクラブです。上は16番で、線路から手前はすべて同じ人の製作。未塗装のは左から阪堺モ161形、名鉄870形と880形です。
 下は0番で、手前は流電をトラムにしたような、新旧折衷形。カーブを通過しているのは最新の超低床タイプ。どちらも制作者は同じで、センスよくまとめられています。

P921620621日は雨の予報が外れて朝から秋晴れ。さっさと帰るのも惜しいので、天王寺に出て阪堺の堺トラムを初乗りしました。もう物珍しさでお客が集中するのは収まっていますが、それでも天王寺到着は7分くらいの遅れ。どうも車体が長くなった分だけ乗降(特に降りる時)に時間がかかるのが原因のようです。
 アルナが開発したこのタイプの車両に乗るのは初めてですが、乗り心地はやはり単車で、レールの継ぎ目ごとに左右にガツンガツンと振られます。駅間距離の長い東湊~石津間などでは、ボギーの701形のほうが遥かに安定しています。

P9216209浜寺駅前まで乗り通しました。これで200円は南海本線より安い。今年で開通100周年なんですね。ここまで来たからと南海の浜寺公園駅を撮影していると、色変わりのラピートが下り線を通過。それなら関空から戻って次の下りを狙おうと、住吉大社で待ち構えます(移動は時間稼ぎで阪堺)。

P9216235住吉大社のホーム端には先客が1人。1時間ほど待って14時過ぎ、お目当てのラピートがやってきました。光線状態はバッチリです。まだ見ておきたいところもあるけど、機関車が入ったバッグを持ってはいつものように動き回れず、大阪での活動はこれにて終了。新幹線で帰宅の途に就きました。

2014年9月22日 (月)

2014関西合運レポート(その1)

 20・21日は鉄道模型界最大のイベントである関西合運(正式名は 第23回 鉄道模型大集合 IN OSAKA)が交野市で開催されました。実際には鉄道模型を肴にひたすら飲み食いして、お喋りしたいというオジサン達が、全国から交野市立いわふね自然の森スポーツ・文化センターを目指して、雲霞の如く集まってくるのです。
 かつては東京のお友達の車に便乗して往復したのですが、ここ数年、東京のJORCからの参加は私1人。毎年、私鉄の撮影を絡めたりしていろいろなルートを考えています。今年は19日に高速バスの昼行特急で大阪入り、20日に合運と懇親会に参加し、21日は特に予定を決めず、午後の適当な時間に新幹線で帰るというプランにしました。

P9196055スタートは新宿駅南口のバスターミナルを7時20分発。2階建ての最前列、1Aからの視界はこんな具合です。

P9196057東名の東京料金所付近。上りは少し混んでいます。5月に同じ便に乗った時はこのあたりから渋滞に嵌まり、50分の遅れになりましたが、今回はすいすい流れています。

P9196063足柄サービスエリアで最初の休憩。乗ったバスの形式写真を撮影しておきます。

P9196069海岸線ギリギリの所を走る由比付近。右手を東海道本線が走っています。

P9196070日本平付近ですが、前のトラックには食べ頃の豚が3頭、乗っていました。

P9196072浜名湖サービスエリアで2度目の休憩をしたあと、そこから5分ほどの三ヶ日で運転士がJRバス関東から西日本JRバスに交代します。

P9196076夜行バスでは気が付かなかったのですが、今は関ヶ原を通らず、豊田ジャンクションから伊勢湾岸道~新名神と走ります。途中、名古屋港を高い斜張橋で一気に横断するのが、このコースの見せ場になります。

P9196080最初の斜張橋を渡ると左にあおなみ線の終点が見えます。そのとなりの平べったい建物が、JR東海のリニア鉄道館。この夏、18きっぷで行く計画でしたが、喉の腫れによる発熱で中止になりました。

P9196081これが一番高い斜張橋。海面からの高さは数10mありそうです。

P9196082その橋の袂は自動車積み出しの岸壁でした。最近の日本ではあまり見ない、ピックアップ型のトラックがびっしり並んでいます。

P9196086新名神に入りました。鈴鹿の山中を突っ切るので、谷の部分はかなり高い高架橋になっています。

P9196087甲南サービスエリアで3度目の休憩。こんな車が止まっていました。馬を運ぶのですね。そういえば、日本馬匹と書かれたトラックを、最近は見かけませんね。

P9196101バスは千里ニュータウンで下車しました。新宿から7時間と少々も乗っていると、はるばる来たなという感じですが退屈はしません。というのは一番前で浮かれていた私だけで、普通の人達にはひたすら我慢の旅のようでした。
 ここで降りたのは、日暮れまでには少し時間があるので、今まであまり真面目に写真を撮る機会がなかった大阪市営地下鉄と北大阪急行を写そうという魂胆なのです。バス停の千里ニュータウンは実質的には桃山台駅前で、この駅の千里中央寄りは絶好の撮影スポットです。
 小一時間ほどで一通りの形式が撮れました。一番格好いいし、できもいいなと思うのはこの8000系。車内は阪急タイプです。ステンレスで鉄仮面みたいな新車には出会いませんでした。

P920618819日の夜は枚方の友人宅で一宿一飯の恩義に預かりました。JORC関西の会員で、自宅にはブリキの3線式から、1両百万円単位の蒸機までが収納され、模型の正倉院状態になっているのです。
 一夜明けて合運本番の20日。前夜の模型談義で少し寝坊して、10時過ぎに会場到着。

P9206192天気が今ひとつのせいか、一般客が少ないようでした。

P9206168JORC関西はいつもどおり、体育館のステージ上です。

P9206139今回は今年の5月に亡くなられた小嶋洋さんの作品を展示しました。上段右の阪急デイ100形2連がデビュー作で、上のTMS75号で紹介されています。

P9206195今回は私もEF65と、改造中の3線式自由形電車を持って行ったので、並べて、小嶋さんの作品の引き立て役にしました。

P9206184EF65は時々慣らし運転。最後に中国型客車を借りて牽引しました。11両編成ですが、ペーパー製で軽いので、牽引力は問題なし。このくらいの位置から見ていれば、ブレーキシューがあってもなくてもほとんど気にならないのですが。
 運転は17時で終わり、恒例の記念撮影をして、18時からが待ちに待った懇親会。食べ物は最初に並んだものだけではなく、途中から焼き肉、天麩羅の実演が始まり、蕎麦とおでんも用意されているという豪華版。さすが食い倒れの関西です。締めのデザートまで、2時間で腹一杯。この大宴会の模様はこちらをご覧ください。

2014年9月18日 (木)

明日から私市へ

 この週末は大阪府と奈良県の県境に近い私市で関西合運が開催されます。なので、悪いお友達と電車ごっこをするため、明日(19日)から東京を離れます。携帯、スマホは持っていないので、21日の夜まで、ブログの更新、メールのチェックはできません。
 この時期、場合によっては4連休になるため、19日の夜行バスは1月前からほぼ満席。おまけに一番高い運賃が適用されます。やむなく昼間の便にしたのですが、運よく1Aの席が取れました。5月の時は早売りで1階席だったけど、今度は2階建ての最前列。幸い天気も晴れのようなので、思いっきり前面展望が楽しめそうです。
 合運は20日の朝から懇親会まで参加して模型三昧。今回は真面目にEF65を持って行きます。21日は大阪市内でのんびりしながら、午後の適当な新幹線で帰る予定。 

2014年9月16日 (火)

富士急行2日間乗り放題(その2)

 河口湖と下吉田に保存・展示されている車両を紹介します。まずは河口湖駅前から。

P9085564駅前広場に控えているのは創業時に新製されたモ1。本線とは直角の向きです。片側はホームのようになっていて、車内が覗けます。この車両は上田丸子に譲渡されたのを買い戻し、復元したものです。

P9085559立派な説明板もあります。

P9085583反対側は一応、全体を見渡せます。電機品は三菱電機、台車は日車のD16のようです。

P9085563運転台。マスコンは三菱のHLです。河口湖はこのへんで切り上げ、下吉田に向かいます。

P9085614下吉田は島式ホームの交換駅。画面奥が富士山方面、左に本物の富士山が見えます。駅舎のある側に貨物用の側線があり、保線用車両などが留置されています。画面左奥のモーターカーのとなりに、貨車が展示されています。

P9085612大月寄りにはブルトレのスハネフ14世様が鎮座しています。

P9095876構内踏切からがベストアングルですが、晴れると側面は逆光になります。

P9095816展示エリアはブルートレインテラスという名前。改札内なので、見学には乗車券か入場券が必要です。

P9095784_2元の貨物ホームですね。手前はウッドデッキになっていて、椅子も置いてあります。土曜日は車内の見学もできるそうです。

P90856712011年4月から公開されているので、よく見ると塗装に痛みが出始めています。

P9085673ホームの反対側は床下をじっくり観察できます。エアサスの高さ調整弁はいかにもデリケートな感じがして、個人的には好きなパーツです。

P9085709富士山寄りは貨車テラスになっていて、ワフ2両の中間にトが挟まれています。

P9095798ワフは元南海で、ワフ1は富士山麓の標記。ただし、車輪は一体圧延です。

P9095804ワフ2は富士急の標記です。右が車掌室、左端もデッキにしては広めのスペースを取っています。そのため荷重はたった1t。

P9085626ワフは2両とも車掌室に入れます。左上は停車中、10分以上電灯を点けっぱなしにするなというような注意書きです。

P9085654車掌室の必須アイテム、車掌弁とハンドブレーキ。

P9085633_2荷室には往時の積荷が置かれています。実際の状態ではなく、こういう物を運んだという見本です。

P9095790トは創業時の昭和4年に新潟鉄工所で新製されました。車号などの標記が明朝体というのは珍しいですね。

P9085636ト104は銘板が残っています。

P9095806ト104の自連はおダブス様が大好きなシャロン式です。左がシャロン、右が柴田式。こうして見ると違いがよくわかります。

2014年9月14日 (日)

富士急行2日間乗り放題(その1)

 18きっぷ消化プランその3は富士急。ここは鉄向きに便利なきっぷがあります。

P9085737これです。富士急全線が2日間乗り放題、フジサン特急も自由席は特急券なしで乗れます。単純に大月~河口湖間を往復すればトントン、特急に乗ったり、途中下車すればモトが取れてオツリがきます。ただし、発売は大月駅のみなので、事前に買っておくわけにはいきません。
 最初は1日だけのつもりでしたが、8日は天気がいまひとつだったので、晴れになった9日、もう一度しっかり車両写真を撮るために出かけました。文中には2日間の写真がランダムに出てきますが、晴れているシーンが9日のものです。

P9095774行きの中央線は高尾9:01発の大月行き、スカ色115系の6連です。途中、四方津で特急待避のため7分停車するので、しっかり形式写真を撮っておきました。

P9085520大月では10:07発の普通に接続しますが、10:46発のフジサン特急5号が元小田急20000系なので、これに乗ることにします。列車は前日の夜から大月に留置されているので、まず、形式写真を1枚。

P908553010:07発に折返す列車が入ってきました。なんと京王色の1001-1101でした。特急車が入換えで移動し、頭を揃えたところを1枚。模型の世界みたいなことが目の前で展開しているというのは感動ものです。

P9085527時間があるので、この普通に乗り、禾生まで往復します。車内には懐かしいスピーカーがありました。これ、知らない人だとKFKと読めるかも知れません。

P9085534禾生は相対式ホームの交換駅で、やたらと標識が林立しています。相対式ヘームの交換駅はこのほかに田野倉、谷村町、東桂があり、一見すると写真撮影によさそうですが、思わぬ落とし穴があります。
 富士急はCTCを採用しているので、交換駅もスプリングポイントではありません。そして、交換のない場合は上下列車とも駅舎のある直線側を走ります。下りホームで上り列車を撮ろうと構えていても、交換がなければ列車は自分が立っているホームに入線、ということがあるので、要注意です。

P9085537大月への戻りは元JR205系の6000系でした。これは1段窓の量産車なんで、厳密には6500系になります。写真はクモハ6501で、中間車から改造のため、運転室仕切りのドアが中央にあります。座席のモケットは1両ごとに柄が違うようでした。

P9085539ドアは内外とも水色です。このくらいならなんとか許せる範囲か。

P9085542いよいよ特急に乗車。先頭の1号車は指定席なんで、最後尾の3号車に乗りました。小田急時代とそんなに変わっていません。

P9085543ブルーリボン賞のプレートもしっかり残っています。富士山(旧富士吉田)までの途中停車駅は都留文科大学前のみ。老舗の都留市に止まらないのが意外でした。

P9085551富士山で進行方向が変わり、最前列に座ります。車庫には1202編成(ブルーの濃淡の旧塗色)が入場中。そして、外の留置線には部品取りのクモハ169-27が放置されています。この塗色は短期間で、あまり見た覚えがありません。

P908555311:33、河口湖到着。急カーブの連続で最高スピードが60km/hくらいですが、快適な乗り心地でした。構内にはいろいろな車両が留置されています。これは標準色の1206-1306。1000系は廃車が進み、標準色はこの1本だけです。

P9085578元165系PEAのフジサン特急は、改札を出で外から撮影します。9月11日までは運用から外れ、その間は6000系が特急の代走をしていました。

P9085576これは部品取りですね。車号は消されていて、わかりません。

P9085586フジサン特急6号に折り返す8000系と富士山を絡めてみました。
*その2は河口湖駅前に展示されている保存車を紹介します。

2014年9月11日 (木)

旅立ち

 旅立ち、といってもディスカバージャパンの「いい日、旅立ち」ではありません。鉄道模型界ではご存知の方も多いと思いますが、福島模型製作所の社長だった福島修さんが、9月7日、84歳で黄泉の国に旅立たれました。
 私は大学生の4年間、不定期ですが福島模型製作所でアルバイトをして、16番だけではなく、博物館などの大規模なレイアウトや、1/15~1/20の展示模型など、いろいろな仕事を経験することができました。
 塩化亜鉛を使う半田付けや、糸鋸で真鍮板を切ることも、ここで初めて経験し、4年間でなんとかキットの組み立てや、少々の加工ができる程度の腕にはなりました。当時の仕事仲間とは今でもお付き合いが続いているし、思い起こせば実に楽しい4年間でした。
 その後、私も模型業界に係わるようになったので、福島さんとの縁は切れることなく、蒲田の模型ショーなどでお会いできるのが楽しみでした。数年前から体調を崩され、福島模型製作所も廃業になり、ついら帰らぬ人となられました。
 人の寿命は限りがありますから、いつか、お別れの時はやってきます。福島さん、お世話になりました。心よりご冥福をお祈り致します。

2014年9月 9日 (火)

烏山線のACCUMに乗る

 18きっぷの使用期限が迫ってきた9月6日、そういえば烏山線にこの3月から新しいバッテリカーが走っていることを思い出し、初乗りに行って来ました。いろいろ家庭内の雑用をすませ、9時過ぎに自宅を出ました。新宿でタイミングよく宇都宮行きの快速に乗れて、12時ちょい過ぎに宇都宮到着。ところが、次の烏山線は13時50なん分だとか。ならばと開き直り、構内を眺めます。

P9065389_2まず目に付いたのは、京葉線から転用された205系。左が東北ローカル用、右が日光線用です。

P9065407こちらは烏山線用のキハ40。左が本来のオリジナル塗色ですが、最近は首都圏色だとか、急行色もどきが幅を効かせているようです。


P9065421構内に新型車両の案内が出ていました。次の列車がそのようなので、宝積寺まで迎えに行きます。

P9065394矢板のあたりで線路内人立入りがあったとかで、東北本線の列車は遅れが出ています。これは10数分遅れの宇都宮行き。

P9065398それから10分くらい。烏山線の列車は定時で来ました。これが噂のバッテリーカーACCUM(アキュム)。まだ到着したばかりで、パンタグラフは下がっています。

P9065399数分して後の車両のパンタグラフが上がりました。ここは宝積寺で折返す列車が充電するので、架線が太く強化されています。

P9065426乗って見ます(この写真は烏山で乗客が降りてから撮影)。3扉で水郡線にいるキハE130系のロングシートバージョンですね。扉間は3人ずつに区切って12人座れます。

P9065428優先席は2人ずつに区切られています。

P9065468座席は片持ちですが、その下にも何か詰まっています。これもバッテリーでしょうか。

P9065467連結面寄りはトイレかと思ったら、機器室でした。妻面左上のモニターにその時々の電気の流れが略図で示されます。

P9065415運転台は基本的にE233系なんかと同じ。縦に並ぶメーターの一番上が架線電圧計で、架線の下ですから1700Vくらいを示しています。ただ、どこにも電流計が見えないし、バッテリーの充電状況(残量表示)を示すインジケーターが見当たりません。モニターに表示されるのでしょうか。

P9065403形式はEV-E301が烏山寄りで、パンタグラフ、制御装置付き。宇都宮寄りがEV-E300になります。これもサスティナの一族なんですね。

P9065430自重40.2t。E231系の電動車は28tくらいだから、かなり重量級です。大まかに見て10tくらいが電池なのでしょう。さて、走りっぷりはというと、電化区間ではほぼ普通の電車なみ。2両の連結面寄りが動力台車で、モーター出力は95kWだから、E231系のMT同数編成ということになります。
 非電化区間でバッテリー走行になると、だいぶ加速もゆっくりになります。今のところは気動車なみ走ればいいので、バッテリーに無理がかからないよう、電流を絞っているのでしょう。烏山線に乗るのは初めてですが、ずいぶんクネクネとカーブしています。それでも久留里線よりは少し早いかなという感じでした。

P9065455烏山に到着。1時間ほどの折返し時間はパンタグラフをあげて充電します。パンタグラフのある約1両分の長さだけ、剛体架線が設置されています。

P9065442線路の行止まりの奥には、アキュムのために送電設備が置かれています。ここまで送電線を引いたり、結構費用がかかっていそうです。

P9065472帰りは大金で交換のため6分ほど停車というので、なんとか形式写真らしきを撮りました。

P9065474台車もJR東日本の標準タイプです。

P9065477EV-E301の床下。左がVVVFインバータ、右の大きな箱3個が主回路用のバッテリーです。

P9065482キハ40との並びも撮れました。計画では近い将来、烏山線は全列車がACCUMに置換えられるそうです。

2014年9月 6日 (土)

南海電鉄の駅(その1)

 南海電鉄は明治18(1885)年に営業開始という老舗であり、今もなお歴史的価値の高い駅舎が残っています。これは阪急、京阪、阪神などの軌道系の会社と違い、最初から地方鉄道として歩んできたため、駅舎に対する力の入れ方も違うのかも知れません。
 南海で有名な駅舎というと、まず浜寺公園が一般にもかなり知られています。駄菓子菓子、浜寺公園以外にも注目すべき駅はあるのです。ちょっと勿体をつけましたが、その1はここです。

P7244576浜寺公園よりもっと南に下り、だんじりで有名な岸和田と、水間鉄道が接続する貝塚の間に「蛸地蔵」という駅があります。普通と準急しか止まらず、準急は平日の朝に3本だけですから、実質的には普通しか止まらない駅です。
 ホームは相対式で上り下りそれぞれに駅舎があり、上下間の連絡通路はないという、南海電鉄ではよく見られる形態の駅です。写真は上り線の駅舎で、開業時ではなく大正14(1925)年に建てられたものだそうです。

P7244579こちらは横から見たところ。小さいながらも結構複雑な形です。

P7244578駅名標です。駅舎ができた時はまだ南海鉄道でしたが、南海というだけで意味は通じたのでしょう。照明がないので夜になると見えませんが、ステンドグラスが中から照らされるから、それが看板の代わりになったわけですね。夜景を見てみたいものです。

P7244582中に入って見ましょう。天井の灯具がいい雰囲気です。ステンドグラスは蛸地蔵の由来を描いています。蛸地蔵という変わった駅名の由来はなかなかおもしろいもので、岸和田市のホームページに詳しい説明があります。ただ、このあたりに蛸が付く地名はありません。

P7244585こちらは側面の入り口上のステンドグラス。

P7244586こんな説明板も置かれています。

P7244588ちなみに下り線の駅舎はぐっと簡略化された造りです。

P7244587上の写真の左端に写っている看板をアップしてみました。

P7244589駅前にこんな店もありました。パン屋らしいけど、屋号はちょっとミスマッチなような気もします。このすぐ横にはタコ焼き屋もありました。

2014年9月 1日 (月)

50年前の都電

 9月1日は防災の日、なんだそうですが、私なんかだと210日といった方がピンときます。立春から数えて210日目、なんていう講釈は抜きにして、このところの中途半端な天気はなんとかして欲しいところです。
 で、今日のお題は210日には丸っきり関係なく、スキャンしたストックから50年前の都電を引っ張り出してみました。ビテッサというカメラの試し撮りで、まだ慣れていないため、ピンボケ気味のカットもあります。

640112_0001これは神田の須田町、画面の右奥に交通博物館がありました。電車は錦糸堀車庫所属の1200形、西荒川~日比谷間の25系統です。
 1200形は戦前に木造車を鋼体化したもので、昭和10年代に流行った流線型を取り入れています。とはいえ、見てのとおりズングリムックリで、あまり格好いいとはいえません。この頃は錦糸堀と広尾に配置されていました。

640112_0002お堀端の和田倉門あたりで、これも25系統です。電車は上の1200形を窓2個分車体延長した1500形で、46両が錦糸堀に集中配置されていました。台車も新調したけど、なんとなく垢抜けない感じですね。

640112_0003これはちょいピン甘で、電車もやっと端っこに収まっています。メガネをかけてレンジファインダーを覗くと、どうしてもこうなりがちで、目一杯引きつけたと思っても、列車の先頭は画面の真ん中、なんてコマを量産しました。
 場所は鍛冶橋と京橋の間、赤煉瓦のビルが並び、3丁ロンドンなんていわれていました。電車は1000形、目黒車庫担当の5系統(目黒駅前~永代橋)です。

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