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2014年9月 1日 (月)

50年前の都電

 9月1日は防災の日、なんだそうですが、私なんかだと210日といった方がピンときます。立春から数えて210日目、なんていう講釈は抜きにして、このところの中途半端な天気はなんとかして欲しいところです。
 で、今日のお題は210日には丸っきり関係なく、スキャンしたストックから50年前の都電を引っ張り出してみました。ビテッサというカメラの試し撮りで、まだ慣れていないため、ピンボケ気味のカットもあります。

640112_0001これは神田の須田町、画面の右奥に交通博物館がありました。電車は錦糸堀車庫所属の1200形、西荒川~日比谷間の25系統です。
 1200形は戦前に木造車を鋼体化したもので、昭和10年代に流行った流線型を取り入れています。とはいえ、見てのとおりズングリムックリで、あまり格好いいとはいえません。この頃は錦糸堀と広尾に配置されていました。

640112_0002お堀端の和田倉門あたりで、これも25系統です。電車は上の1200形を窓2個分車体延長した1500形で、46両が錦糸堀に集中配置されていました。台車も新調したけど、なんとなく垢抜けない感じですね。

640112_0003これはちょいピン甘で、電車もやっと端っこに収まっています。メガネをかけてレンジファインダーを覗くと、どうしてもこうなりがちで、目一杯引きつけたと思っても、列車の先頭は画面の真ん中、なんてコマを量産しました。
 場所は鍛冶橋と京橋の間、赤煉瓦のビルが並び、3丁ロンドンなんていわれていました。電車は1000形、目黒車庫担当の5系統(目黒駅前~永代橋)です。

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コメント

1500形は、改造時に付けた補助灯?標識灯?が、
どういう意図で設けられたか、
どの程度の頻度で使われていたかが、
昔から気になってます。

神田で見慣れた1500形、懐かしいです。でも、さすがに50年前となると、乗ってはいるけど撮ってはいません。

 1500形の標識灯、フォグランプかなとも思うけど、点灯しているのを見た覚えがありません。
 神田の小川町界隈は早稲田の15系統で800形なんかも走り、なかなか楽しめる所でした。神保町まで行けば、巣鴨のZパンタ付き6000形も見られました。

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