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2014年8月に作成された記事

2014年8月29日 (金)

新刊のご案内

 本日発売になった交通新聞社発行のトラベルMOOKのご案内です。

P8295350ジャ~ン! 鉄道シリーズの4冊目は京急電鉄。表紙はご覧のとおり、2100形のトップナンバーです。

P8295351巻頭の写真はいかにも京急というシーンを押さえています。昔の写真などを除いては焼田カメラマンの撮り下ろしで、かなり気合いが入っています。

P8295352この手の本は車両解説から始まるのが定番。ここは私が担当しています。

P8295353車内の写真も通り一遍ではありません。

P8295354普段は見る機会の少ないデトもしっかり紹介しています。

P8295355ここは京急の担当者が執筆しています。

P8295356そして、このシリーズでは初めて模型が登場しました。京急といったら、あの「しもふ爺」が親分の「とな会」です。

P8295357さらに、マル秘映像一挙大公開。8ページにわたって1970年の想い出を語ります。

P8295358以下は定番メニューで、京急の歴史を辿り…。

P8295359京急マルチアングルは、知っているとちょっと威張れる小ネタを集めました。

P8295360もちろん、駅は全72駅を紹介しています。

P8295361巻末の資料編は年譜に続いて現有車両の編成表。これは私がしっかり校正しています。

P8295362車両形式図と主要諸元表も全形式を網羅しています。

P8295363最後に全線の線路配線略図もついてお値段1600円(税別)。8%の消費税を加えると1728円になります。さらに、番組終了後から30分以内にご注文の方にはもう1冊おつけして送料・代引き手数料無料! なんてことはありませんが、この内容で1728円はお値打ちものです。
 なお、とな会の例会にこの本を持参すれば、しもふ爺のサインがもらえるかも知れません。

2014年8月27日 (水)

原稿沼から脱出

 南海の現地取材が終わり、カメラマンならあとは画像の整理だけでですが、ライターはそのあとが勝負。26日の締切りに間に合うよう、パソコンに向かってフル回転です。22~24日に行われた模型の祭典JAMも、今回は遙か彼方のできごと。地元の阿波踊りだけは、なんとか見に行きました。
 土曜、日曜も終日営業の結果、25日の夜にはなんとか書き上げ、もう一度読み返して26日の朝に送信。26日はほとんど抜け殻状態でした。お盆時に熱を出して動けなかった2日分をモロに被ったわけですが、まぁ、締切りに間に合ってやれやれです。なにせこの業界は24時間、いつ寝て、いつ仕事しようと構わないのですが、締切りを守るという仁義だけは絶対に守らないと、村八分にされてしまいます。
 そして今日はというと、

P8275346横浜の原鉄道模型博物館に陣中見舞いかたがた行ってみました。最初の予定ではJAM期間中を私がカバーすることになっていたのですが、もしそうだったら、原稿締切りとの板挟みで、今頃は三途の川を渡っていたかも知れません。

P8275347夏休みとはいえ、平日は空いています。もちろん、一時的にお客さんが集中する時もあり、運転は手を抜けません。
 この催しでは外周を走っている新幹線が一番の目玉で、造形村の0系は1月以上をけなげに走り抜いています。高速では少しギア音が目立つようになったとのことですが、なんとか9月1日までは持ちそうです。

P8275343ところで、気がつけば8月も27日。来週の月曜はもう9月だというのに、手元の18きっぷはまだ4回分が残っています。なんとなく銚子、富士急、秩父というアテはあるけど、もう1回はどこに行こうか。

2014年8月21日 (木)

関西の特徴的な建築様式

 病み上がりの体を騙し騙し、3日間の南海取材も終わり。いえいえ、カメラマンならそうだけど、ライターはこれからが勝負時なのです。この週末は阿波踊りに背を向け、パソコンの前でエライヤッチャ、エライヤッチャの修羅場が展開します。
 さて、そんな取材旅行で、およそ鉄道に関係ないネタも仕入れてきました。

P8205211まずはこれ。有名な鉄犬さまとは関係ないのかな。

P8205213場所は南海電鉄今宮戎の駅近く。画面左手前の横町に入る角にありました。次からが今回の本題です。

P7254688まずは画像をご覧下さい。大阪地区でよく見かける長屋です。各戸ごとに出入り口が独立しているので、不動産屋的表現を借りれば、貸家式アパート、となるのでしょう。関西でよくいう「ぶんか」=文化住宅とはちょっと違うのかな。これは高野線の浅香山から大和川に向かう途中にありました。

P8205239これはひとつ難波寄り、我孫子前からやはり大和川に向かう途中です。望遠レンズで撮るとなかなかの迫力になります。

P8205240正面がちに見たところです。最初の写真の家と比べると、出入り口の引き戸が切り妻屋根の部分か、屋根と屋根の隙間かという違いがあります。屋根の部分が台所らしいというのは共通しています。

P8205242これも少し別のタイプ。手前の2軒は瓦が違います。

P8205217こちらはささやかな平屋建てです。右端は玄関の見付が違いますね。

P8205243もう1軒、やや大きめな平屋建てです。この手の建物は関西といっても京都や神戸ではあまり見かけません。ある意味、大阪を代表する建築様式といってもよいのではと思うのです。まだまだ一戸建ての建売りなんかにも、いかにも関西という匂いが感じられるものがありますね。

2014年8月17日 (日)

活動再開

 38度台の熱も15日の夜からなんとか平熱レベルに下がりました。やはり三度三度、ちゃんとした食事を摂るということの大切さを痛感したところです。
 明日から二度目の南海取材に入ります。病み上がりだし、まだ時々咳が出るので、予定していた今夜出発のバスはキャンセルし、明日早朝の新幹線にしました。考えてみると、ここしばらくは下りの新幹線に乗った記憶がありません。進行方向のどちら側に座ろうか、一晩寝ながら考えます。

P8174941ということで、私の地元では夏の恒例行事の準備が始まっています。いつもは月末なんですが、今年は23・24日(土日)に実施されます。すでに高円寺駅の発車メロディーは8月に入ると阿波踊りのお囃子に変わっているし、夜には町内会の集会場から練習の鐘、太鼓も聞こえてきます。
 まぁ、本番の頃、私は原稿書きに追われて、パソコンの前でえらいやっちゃ、えらいやっちゃ、になっているでしょう。

2014年8月14日 (木)

療養中

 日曜の集会が原因ではなとい思いますが、夏風邪にやられました。咳が断続的に出るので、12日に医者に行き、薬を貰って療養中です。喉の奥の方が腫れているので、うがいはあまり効果がありません。
 実は来週初めにまた取材があるし、その前に少しでも原稿を書き上げておきたいところ。しかし、今日は午後に熱が38度5分まで上がり、原稿どころではありません。こういう時は無駄な抵抗をしないで、ゆっくり休養を取り、早く治すに限ります。
 ほぼ1日中寝ていたので、なんとか峠は越え、回復に向かっているような気はしています。考えてみると、7月の南海取材も暑い中で知らず知らずのうちに無理が重なったのでしょう。気持ちだけでは体の老化に対応できないことを、身をもって思い知らされました。

2014年8月11日 (月)

日曜の午後…

 台風の影響で空模様が不安定な10日の午後。都内でも有数な盛り場に出向いてきたオジサンが3人、ランチタイムで賑わうビルの地下に入って行くのが目撃されました。真っ昼間なのでどこぞのブログのような乾杯はありませんが、食事がすんだあとのテーブルには、なにやら怪しげなモノが並べられています。

P8104929
P8104930これはどうやら16番の電車のようです(パンタが付いているから)。

P8104926人目もはばからずに撮影しています。なぜ、こんなことをしているかは、こちらをご覧になれば、おおよそ想像が付くと思います。

P8104932さらにオマケとしてもう1両が追加されました。

P8104935ベースはアリイのプラキットだそうです。台車は少し貧相ですが、車体はなかなかよくできています。
 場所が飲み屋ではないので、小一時間で撤収しました。次回は渋谷の某所あたりで、エレキバチバチの集会が開かれるかも知れません。

2014年8月 6日 (水)

大阪の夏は暑かった(その3)

 高野線の線路跡を歩いてから大阪市内に戻りましたが、まだ陽は高いので、もう1箇所、かつての南海平野線(軌道)の跡を訪れてみました。平野線は地下鉄谷町線建設のため昭和55年11月に廃止され、残った上町線と阪堺線はその数日後に南海から分離して、阪堺電気軌道になりました。現在でも軌道の跡が辿れるのは、終点の平野付近のたかだか数100mくらいです。

P7234266地下鉄谷町線平野の1・2番出口から地上に出た所は、内環状線と呼ばれる広い道路で、ここから北に向かって最初の信号で交差している道路が、かつての平野線の軌道敷だったようです。写真は西方向を見ています。

P7234267振返って東側はすぐに行き止まりのようになっていて、突当りの左角に市立平野西保育所があります。写真で車の奥に見える木立の所からが、線路跡を利用した遊歩道になっています。

P7234245路面には所々に線路のような装飾があります。信号機はダミーで点灯しません。

P7234244上の場所から振返って、遊歩道の入り口を見たところです。

P7234249少し進むと、右側が広場になっています。丸い塔みたいなのは、かつての平野駅の駅舎の屋根をイメージしたもの。電車はモ205形のようで、一度描きかえられています。左の黒いプレートに平野線とモ205形の説明が記されています。

P7234253終点のあたり。線路を表す装飾は単線から2線に分かれるようになっていますが、実際には両渡りの先にホームがあり、1本が少し長く延びていました。

P7234260屋根付きの線路の終端には、車止めもあります。

P7234258線路の突き当りは南北に走る商店街になっています。実は2000年にも南海の取材でここに来ていて、気になることがあったのです。ご覧のように「平野南海」「NANKAI MALL」となっていますね。2000年時点でも南海から縁が切れて20年。いつまで南海に義理立てするのかと思っていたのですが、それからさらに14年たった今も、南海の文字は健在でした。

P7234254街路灯のプレートもこのとおり。南海が街路灯の費用を負担したとかのいきさつがあるのでしょうか。

P7234256商店街は少し寂れ気味で、こんな模型屋もありました。ペンギン模型という屋号で、店の脇の衝立がペンギンの形をしています。シャッターが一部開いていますが、模型屋としての営業はしていないようです。

2014年8月 3日 (日)

阪神国道線、昭和48年

 日も暮れて、やっとクーラーから冷たい風が出てくるようになってきました。こんな日に外に撮影に行くのは自殺行為と同じなので、家の中で古いフィルムをスキャンしてみました。すでに丸まりかけているネガもありますが、その前にごく一部で異常な盛り上がりを見せている阪神国道線を拾い上げてみました。
 今回のカットはすべて昭和48(1973)年10月22日の撮影です。ネガとカラーポジですが、当然、ポジはここぞというところしか撮っていません。 

Photoまずはカラーから。場所は車庫のある浜田だと思います。このあたりは土地勘のない所なので、間違いがあったら遠慮なくご指摘をお願いします。

Photo_2乗務員もここで交代します。高いビルがほとんどありません。行先板を見ると、野田~上甲子園間の区間運転のようです。

Photo_3これは野田行き。バックに蠅叩きが見えますね。

Photo_4歩道橋の上から大阪方面。

Photo_5同じく神戸方面、それにしても自動車の少ないこと。

Photo_6模型的な撮り方もしています。

Photo_7甲子園線と接続する上甲子園です。

Photo_8本線と接続する甲子園。ここはカラーでも撮っているはずですが、ポジが見つかりません。

13甲子園線の終点、浜甲子園。

10野田に戻って北大阪線にも乗ります。

12野田を出ですぐのあたり。

11この形式の室内灯です。

Photo_9ご存知、阪急と接続する中津。

Photo_10ここはカラーでも撮っています。

Photo_11終点の天神橋筋六丁目。この頃は阪神パークでも菊人形をやっていたのですね。
 以上、モノクロはニューキャノネットQL1.7で撮影しているので、すべて広角気味です。

2014年8月 2日 (土)

大阪の夏は暑かった(その2)

 7月23日の午後、小原田検車区(高野線)での取材を終えたのが15時頃。ストレートに大阪市内に戻るには少し早いので、複線化により線路付替えとなった跡を探索してみました。三日市町~橋本間の車窓で、明らかに旧線路跡だとわかるのは天見付近なので、ここで降りてみます。

P7234206天見は難波から35kmの位置にあり、隣の紀見峠との間にある紀見トンネルが大阪府と和歌山県の県境になります。

P7234207
P7234208写真上は上りホームから橋本方面、下は難波方面を見たところ。20m車8両分の有効長がありますが、列車はデータイムだと1時間に2本くらいしかありません。

P7234209簡素な駅本屋。駅名だけで、南海電鉄の表示がありません。

P7234211駅舎を背にして橋本方面を見たところ。右にゆるくカーブしている小径が単線時代の線路跡です。

P7234217蝉の声を聞きながら歩いてみましょう。トンネルを掘らず、山裾を回っています。

P7234218小さな道路橋に出ました。駅からここまでは7~8分くらい、第1出合トンネルを出たあたりで、すぐ左に線路が見えます。

P7234222こんなプレートが付いていました。

P7234220下から見てみます。線路が山裾を回っていたのがわかりますね。煉瓦造りのような外装は道路になってから整備されたものと思われます。

P7234223道はまだ続いています。

P7234234進行右側には、のどかな山里の風景が展開しています。右奥に見える道路が高野街道です。

P7234224さらに数分で、その先は未舗装になり、行き止まりのようです。左に曲がると第3出合トンネルの出口を越えて山の中に入っていきます。赤丸の所に怪しい物体を発見!

P7234225_2これは鉄道用地の境界標のようです。文字や社章のようなものは確認できません。もしかしたら高野登山鉄道が開業時に建植したものかも。

P7234226民家の私道みたいになっている所をさらに進むと鉄橋の跡があり、その先で現在の線路に合流します。なので、線路跡探索はここで終了です。

P7234228その橋を渡って振り返ったところ。ここは下には降りられませんが、車窓から見ると鉄道時代の上路式プレートガーダーであることが確認できます。

P7234231せっかくなので、あまりいいアングルではないけど、列車も写しておきます。難波行きの快速急行が来ました。画面奥、線路が右にカーブしたあたりが紀見トンネルの入り口で、難波~橋本間では最高所になります。

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