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2013年5月29日 (水)

身延線など(昭和38年)

 昭和38年9月の秋分の日だったと思います。中央線→身延線→東海道本線→御殿場線という経路で、初めて身延線を乗り通しました。青春18きっぷは発売されていなくて、学割を使ったはずです。

63069_0001 夜明けから間もない時刻の高尾駅。ここから左に停車している始発の客車列車に乗りました。まだホームの屋根も短いし、天狗の石像もありません。

63069_0003 甲府から内船まで乗った快速です。急行どころか準急もない時代で、1日に2往復の快速がありました。甲府発は8時台後半でした。
 この頃の電動車はクモハ14の800番代が主力。クハは47のほか、17mのクハ16も混じっていました。快速のヘッドマークは飯田線と同じデザインです。

63069_0004 この頃は少数派だったクモハ41850。平妻のモハ40048を片運転台に改造したクモハ41095を、再度、身延線用に低屋根化したものです。

63069_0006 富士宮に近いあたりでしょう。最後尾がクハ16ですね。

63069_0007 富士宮かな。貨物はED17の独壇場でした。これは通風口が変っているので、車内からスナップしました。

63069_0010 富士から沼津まで乗ったのがこれ。クモハ14-クハ47が4または6連で静鉄管内の東海道ローカルに使用されていました。クモハ14はこちらがほぼ原型です。

63069_0008 連結相手のクハ47はオールロングシートの50番代でした。扉間に何人座れるのだろうか。

63069_0011国府津までは御殿場線に乗りました。下蘇我でD52(単機らしい)と交換。低いホーム、線路脇の通信用ケーブルなんかも、この時代には当たり前の光景でした。

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コメント

しびれる写真です。

 このあと、小田急ネタも控えています。たっぷりしびれていただきましょうか。

はじめまして 出月と申します。
近く身延線の内船駅の歴史をたどるミニツアーを予定しています。
その手作りのガイドブックにこの記事すなわち「身延線など(昭和38年)」の2点目の写真を使わせていただきたく、よろしくお願い申し上げます。
なお、小さな写真になり、一部トリミングさせていただくことになりますが、あしからずご了承くださいますよう、重ねてお願い申し上げます。  2020年1月23日

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