フォト
無料ブログはココログ

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月に作成された記事

2013年3月30日 (土)

東武博物館運転会 速報

 すでにお知らせしたとおり、東武博物館Oゲージ運転会の1日目の速報です。29日の午後に設営を終え、本日は10時の開館と同時に運転開始。会場は博物館の一番奥なので、最初のお客さんが入って来るまでに5分くらいの時差があります。

P3303420 会場の左半分(観覧スペースから見て)です。スカイツリーの下を1700+5720の特急が通過して行きます。スカイツリーは博物館の事務室にあったのをお借りしました。
 オープンして間もなく、雑誌「とれいん」の取材がありました。4月発売号に紹介されるはずです。 

P3303441
P3303444 博物館の要請もあり、終了間際に今回のスターを並べました。くどくど説明するまでもありませんが、奥から100系スペーシア、1720系DRC、1700系、5320系、ED611(日光軌道線)です。
 運転会は明日も10:00から15:00まで行います。
  

2013年3月26日 (火)

百万人のハンドスプレー

 このタイトルにビビッときた方は、模型工作にかなり年季が入っていると思われます。今から約半世紀前、カンスプレーなんて便利なものは存在していなくて、ラッカーの吹き付け塗装なんかは、よほどのベテランがやることだったのです。
 ラッカーだってマッハの鉄道カラーもなく、たいていは「島田のマメラッカー」のお世話になっていました。

P3263312 これがその島田塗料から発売されていた通称「百万人のハンドスプレー」です。箱の蓋は塗装台にしてしまったので、表の図柄はわかりませんが、オリジナルの元箱であることは本体に残っている青色でわかります。

P3263305 私がこれを買ったのは大学に入って本格的に16番で電車を作り始めた昭和40年頃です。運転会に備えて6両まとめて色吹きをして、手のひらにマメを作ったこともありました。
 塗料ビンを支える受けが本体から外れたので、半田付けしています。ブリキ製だから半田のノリは抜群でした。幸いピストンのパッキングはへたっていないので、その気になればまだ使用可能です。

P3263311メーカーズプレートのアップです。左端にエスクマ印と入っています。エスは島田の(S)だろうけど、クマはどんな意味なのか。まさか社長の名前が熊五郎、なんてことはないでしょう。
 まぁ、これは実質的に動態保存レベルの静態保存という状態を維持しそうですが、現役のスプレーガンは前回の日記に書いたクレオス製には見切りをつけ、本日、使い慣れたバジャーの350Ⅱを買ってきました。

P3263301 今はタミヤの扱いになっているんですね。エアホースがスパイラルになったのと、ビンのパッキングが千切れやすかったコルクから合成樹脂に変わったくらいです。私の製作ペースから、これで一生使えるでしょう。

2013年3月24日 (日)

シンナー遊び

 ちょいと危ないタイトルですが、久々に吹付け塗装をやったということで、今も部屋の中にはシンナーの残り香が漂っています。
 実は月末の30・31日(土・日)に東武博物館でOゲージの運転会を行います。詳しくはこちら↓をご覧下さい。

http://www.tobu-hakubutsukan.jp/museum/eventnews/event/00125.html

 ここでの運転会は過去にも2回ほど実績があり、久々にお声がかかりました。東武の車両は100系、1720系、1700系、5720系という戦後の特急車、快速用の5310・5320系、一般用の32系あたりが揃うはずです。
 私の5720系も参加しますが、車体裾に塗装が剥がれている箇所があるので、今日はその補修をしました。

P3243284 パテで凹凸を埋め、マスキングします。適度に境目がぼかせるよう、マルーンの部分のマスキングは少し浮かせますが、右側は車号が入っているので、この部分はしっかり覆っておきます。

P3243292 スプレーガンは長年使っていたバジャー製がたいぶ草臥れてきたので、クレオスのMk-4というやつを初めて使ってみます。

P3243285 我が家の塗装ブースです。ラッカーはだいぶ固まりかけていましたが、前の日からシンナーで溶かしておいたので、なんとか使えました。

P3243289 塗り上がりました。同じ塗料なんだけど今回塗った方がちょっと黒っぽくて、光線の具合よってはその違いがわかります。完全に乾燥すると少し色調も変わるので、時間が解決してくれることに期待しましょう。
 ところで、クレオスのスプレーガンの使い勝手はというと、残念ながら及第点は付けられません。買ってすぐにひととおりセッテイングした時にも感じたのですが、塗料を吸上げるノズルを上下させるネジに少しガタがあり、エアーの噴射口との位置関係が一定しないのです。
 ずれるといってもコンマ何mmかですが、吹くたびに位置合わせをするのも面倒だし、吹き加減の調節もなんとなくやりにくい。そんなわけで、もうひとつ、床下機器の補充分を塗るのには、お蔵入りしていたバジャーのガンを引っ張り出しました。

P3243291 だいぶ貫禄がついています。中の弁がへたったのか、ポッチを離してもエアが止まらないけど、長年使い慣れているので騙しも効きます。もったいないけどクレオスはお役ご免にして、バジャーを新しいのに買い替えることにします。
*クレオスのガスボンベが未使用のままなんで、欲しい方がいれば無料で差し上げます。

2013年3月22日 (金)

桜が見頃!

 東京で桜が満開になるのは、小学校の新学期が始まる4月の6日前後と相場が決まっていたのですが、今年はここ1週間ほどのバカ陽気のせいか、都内の桜は彼岸の明けを待たずに満開となりそうです。
 鉄道沿線で桜の名所といえば、JR中央線の東中野が有名で、ここは私の地元みたいなもの(最寄り駅ではないけど、同じ区内)。毎年、満開の時期を狙って定点撮影をしているので、本日、様子を見に行ってきました。
 
P3223182 東中野から中野寄りに5分くらい歩いた所にある跨線橋が定番の撮影場所です。線路は東西に走っているので、午後が順光になります。このアングルは階段下の柵の隙間から狙ったもので、図体の大きい一眼レフでは撮れません。
 桜はまだ7分咲きくらいかな。いつもは桜が満開の頃には菜の花の盛りが過ぎてしまうのですが、今年は桜が早いので菜の花もまだ元気です。

P4074178 跨線橋の上から、2011年4月7日の撮影。電車の奥にうっすらとスカイツリーが見えています。

P3223183 ところが1年ほど前、東中野駅にアトレ(正面の白いビル)ができ、スカイツリーは見えなくなってしまいました。

P3223185 跨線橋の上からだと、架線を支える太いパイプがどうしても入ってしまいます。

P3223191
P3223197 架線ビームを避けるには、跨線橋の北側の階段から狙いますが、こうすると菜の花が目立ちません。

P3223196 アングルを低くしてみると、手前の作業用の階段が目障りです。

P3223173
P3223200_2 これは北側の道端から柵越しの撮影。菜の花を強調できるけど、車両の側面は逆光になってしまいます。こんな具合で、天気予報を見る限りでは明日(23日)が勝負時になりそうですね。

P4088001 これは2012年4月8日の撮影。本日はまだ空いていましたが、明日はこのくらいの賑わいをみせることでしょう。

2013年3月18日 (月)

墨東の話題

 墨東とは隅田川より東のこと、早い話が川向うなんですが、最近はこういう言い方はあまり聞かれません。NHKでは差別用語とされているようだけど、墨田区とか江戸川区から見ればその西側が川向うで、四ッ谷の大木戸を越えた中野、杉並なんかは市外じゃないかということになります。
 それはさておき、このところ東急とか小田急に関心が集まっていますが、墨東の京成電車でも、この3月いっぱいで3300形のリバイバル塗色車が姿を消すそうなのです。
 リバイバル塗色は会社創立100周年を記念した行事の一環として、2009年に3312~3309がファイアーオレンジ、3324-3323-3346-3345が赤電色、3356~3353が青電色に塗り替えられました。

P7080089 青電色の3356編成。厳密に言えばこの塗色は旧3000形まででしたから、リバイバルではありません。私の記憶では窓周りがもう少し黄緑っぽく、迷彩色みたいでした。
 3300形のラストナンバーで、汽車会社が製造した最後の私鉄向け車両でもあります。この編成は今年の2月18日で営業運転を終了しています。

P6179879 ファイアーオレンジの3312編成。塗装の簡略化を図ったもので、京成ファンには一番人気のない塗り分けです。この塗色の頃には冷房化されていましたが、なんとなく暑苦しい感じがします。
 この編成は3月24日まで運転されます。

P3173031 これが真打ちの赤電編成。オリジナルは窓下の帯の縁がステンレスというなかなか凝った作りで、模型で再現するには苦労させられます。編成の車号が不揃いなのは、3321が中間車化されて6連固定となり、4連化の時に中間ユニットが廃車されたためです。
 4両とも日本車輌製ですが、妻面の製造銘板を見るとおもしろいことに気がつきました。

P3173018_2
P3173015 上は3346、下は3324の銘板です。日車の蕨工場は昭和45年で閉鎖されたので、翌年からは名古屋工場(後に豊川に統合)で製造されるようになったということを物語っています。
 赤電編成は今月20日が最終運転で、金町線での運用は18日限り。以前にも撮影しているものの、やや難ありの場所だったので、もう一度最良の条件で撮っておきたいと思い、17日の午前中に柴又まで出かけました。

P3173024ここは柴又から少し金町寄りの所。先週までの東横線ほどではないけど、よいアングルの位置には撮り鉄が張り付いています。線路は2本あっても右側は高砂車庫への入出庫線なので、金町行きも写真のようにポイントを渡って左の線路を走ります。
 最初に撮影に来た時はこのことに気付かず、手前の踏切の左側で金町行きを待ち構えていました。午後で光線状態も申し分なしと思っていたら、電車が手前に迫ってきて大慌て。下調べの必要性を痛感したのです。

P3173040 編成写真としては最初のカットがベストですが、後追いなので前向きも押さえておきます。しかし、よく見ると塗装のあちこちにひび割れが入ったりして、だいぶ末期的な状態になっていました。

P3173033 せっかくなんで普通の3300形も写しておきます。これは戸袋部分に「こち亀」のラッピングを貼った3348編成で、ほぼ金町線の専用になっています。

P3173038 日常的なシーンとして交換風景も記録しておきます。この顔はだいぶ整形されていますが、個人的にはオリジナルよりこの方が気に入っています。

P3173017 車内吊りのポスター。赤電は20日に上野→成田間の特急で有終の美を飾るそうですが、ファイアーオレンジはなにもしてもらえないのだろうか。

2013年3月15日 (金)

小田急、下北沢付近の地下化工事を振り返る(その3)

 その3は世田谷代田と梅ヶ丘。これでこのシリーズは終わりです。まずは世田谷代田から。

Pc023042 2007年12月、梅ヶ丘寄りから見た世田谷代田駅。ホームは一部仮設になっていますが、線路の位置は動いていません。

Pc023048 これも2007年12月、梅ヶ丘方向を見ています。地形的にはここがほぼ頂点で、梅ヶ丘に向かって一気に下って行きます。冬の晴れた日には、線路のほぼ真っ正面に富士山が見えます。

P9201525 2007年9月、下り列車の先頭から撮影。梅ヶ丘が高架になったので、このあたりが両方から下った擂り鉢の底になっています。

Pc023029環状7号線をオーバークロスしていますが、もうすぐ、電車はこの道路の下に潜ります。

Pc080889 2008年12月、下り線を海側に移設する直前の頃です。

P2142369 2009年2月、下り線が移設されています。

P2142377 上と同じ時期の撮影。旧下り線はホームも大部分が撤去されています。

P2142383 下り列車の最後部から撮影。このあと、上り線も海側に移設されます。

P2132252 以下は今年2月の撮影です。列車は上りですが、かつての下り線よりも海側の位置を走っています。

P2212470梅ヶ丘寄りには地下からの線路が見えています。その昔は世田谷代田に向かって上り勾配だったのが、今度は高架の梅ヶ丘から一気に下って行くことになります。

 最後は梅ヶ丘です。

P1023935 2008年1月、新宿に向かう急行です。まだ線路は真っ直ぐですね。

P21423912009年2月、下り線を海側に移設。旧下り線を撤去した跡がわかります。

Pc106097 2011年12月、列車は大きくうねりながら勾配を上ってきます。

Pa260992 2012年10月、地下線の入り口が見えています。

Pa260994 同じ時期に上り列車の先頭から。真ん中の2本は複々線完成時には急行線になります。

2013年3月13日 (水)

小田急、下北沢付近の地下化工事を振り返る(その2)

 その2は下北沢の周辺です。

P2132197 まずは現状の様子から。下りホームに急行が停車中です。私が学生で小田急を利用していた頃(昭和40年前後)、まだ列車は6連が最長で、有効長がぎりぎりの下りホームでは、少し停止位置より手前に止めると、車掌がホームに降りられなくなっていました。

P2132219_2 新宿寄りのホーム端から東北沢方向を見たところ。

P2132212 ホームに近接している新宿寄りの踏切。これはまだそんなに人が溜まっていない状態です。

P2212555 下りホームの中ほどは、なんとも悩ましい位置に京王井の頭線の高架の脚があります。中型車6連の頃はこのあたりが最前部だったはず。

P2212512 上りホームの最後部です。地下化工事が始まる前、このあたりは屋根なしでした。

P2132246 工事用のスペース確保のため、世田谷代田寄りの踏切近くまでがトンネルのようになっています。
 以下の3点は新宿寄りホーム端からの定点撮影です。

Pa274045 2005年10月。まだ線路は本来の位置です。

P2142354 2009年2月。すでに上り線は山側に移設され、間もなく下り線も移設寸前の頃です。

P5033124 2009年5月。下り線も移設され、旧下り線は撤去されています。線路を1線分山側にずらし、両側に地面を掘るためのスペースを確保したわけですね。

P2233642 これはおまけのカット。駅の北口にはこんなマーケットがありますが、いずれは再開発で姿を消してしまいます。

2013年3月12日 (火)

小田急、下北沢付近の地下化工事を振り返る(その1)

 小田急、東北沢~世田谷代田間の地下化もあと1週間余りに迫ってきたので、間もなく見納めとなる区間の移り変わりを簡単にまとめてみました。その1は代々木上原と東北沢をご覧ください。

P9201515 2007年9月に撮影した代々木上原の折返し線。代々木上原~東北沢間は1978(昭和53)年に複々線化されていますが、1駅間では運転上の効果はなく、実際には地下を掘るために線路を移設する用地を先取りしたという感じでした。
 この写真でも折返し線は海側に1線移設されていて、左の203系が停車しているのは、下りの急行線となる部分です。

P1253195 上の写真とほぼ同じ位置から2011年1月に撮影。折返し線は本来の位置に戻っています。6000系は下りの多摩急行で、本来の下り緩行線は撤去されています。

P2212437 2013年2月の撮影。左端の線路は地下線につながっています。信号も点灯していますが、まだ×板で塞がれています。

P2132120 同じ日に先頭のかぶりつき撮影。このあたりから下り勾配で地下に潜ります。

P2132150 これも同じ日。東北沢の新宿寄り踏切からの撮影。JR車はE233系1000番台に変わっています。

P1021457 2003年1月の東北沢。真ん中の2本が通過線。左が下北沢寄りになります。

Pa274062 2005年10月。通過線が撤去されました。

Pa274054 同じ日。上りホームから新宿寄りを見ています。踏切の部分だけ通過線のレールが残っていますね。

P5033154 2009年5月。下り線が以前の通過線の位置に移設されました。旧下り線の架線は撤去されています。

P2132153 以下の3点は2013年2月の撮影。新宿寄りの踏切は路線バスが通ります。

P2212455 下北沢へ向かっては32‰の下り勾配です。

P2132177 勾配途中から見上げたカット。Fトレインも地下化前日で見納めだとか。
*その2は下北沢周辺です。

2013年3月10日 (日)

東横線、ラストウィーク

 東横線渋谷付近の地下化まで1週間となった9日の土曜日、ちょいと最後の様子を見に行ってきました。

P3092817 渋谷駅のホーム先端はかなりの賑わいです。

P3092826 お別れマーク付きの9000系トッブナンバーが到着しました。

P3092835 折返しの急行は少し高い位置から狙ってみます。

P3092836 ん! 渋谷寄りのマークが変わっています。

P3092860 代官山まで歩きながら撮影していたら、こんなのが来ました。このまま地下化されるまで、東横線に住み込みなんだろうか。

P3092886 取り敢えず自由が丘まで行ってみようと思っていたら、祐天寺で9001Fの戻りと擦れ違い。なんとかバックショットを撮れました。戻って来るのを待って渋谷寄りのマークを撮るつもりが、待てよ、各停で上ったら返しの下りは特急か急行のはず。祐天寺は通過してしまうので、自由が丘へ先回りします。

P3092892 ちょっと控えめの大きさですね。でも、ステッカーじゃないのがいい。

P3092895 みなさんでお見送りです。さて、最後の日は行けるかな。

2013年3月 7日 (木)

撮れたて!

 JR、私鉄のダイヤ改正を目前に控え、なにかと落ち着かない今日この頃です。私鉄ものは大体押さえているつもりですが、常磐~高崎線の通称「安中貨物」の牽引機がEF510からEH500に代わるというのは寝耳に水のことでした。
 EF510のそれもJR東日本のカマは、まだ本来の「カシオペア」「北斗星」を引く姿さえ、満足に撮影していないのです。アルバイトの貨物仕業も含め、陽気がよくなったらそのうちと思っていたのですが、これは一大事。貨物牽引を撮れる時間はあと1週間そこそこしかありません。
 幸い、今日は午前中で仕事が片付いたので、花粉除けのマスクをして、定番撮影地の北小金まで出かけました。

P3072739 現地到着は14時20分頃、本命通過までは30分ほどあります。跨線橋の階段のなかほどの踊り場には先客が1人。ここは手摺りの上からだと位置が高すぎ、画面に送電ケーブルが入ってしまいます。
 しかし、可動液晶のカメラなら足元の隙間からレンズを出せるというのは、以前にE-330で確認すみ。小さいE-PL5なら楽勝です。もう1m低い位置で構えられればベストアングルなんですが、こればかりはどうしようもありません。
 それにしてもメトロの6000系は、最終増備グループがだいぶ廃車になったのに、初期車がしぶとく生き残っています。

P1122776 これは2011年1月の撮影。その前にも415系狙いで来ています。

P1122795 この時はこの203系が狙いでした。今はインドネシアで働いているとか。

P3072746 こいつが203系の後釜。幕板に帯がないので、いまひとつ締まりに欠ける感じがします。

P3072749 これもこの改正で「フレッシュひたち」から引退。基本編成は色違いなんで、撮っていて楽しい車両でした。さて、そろそろ本命通過の時間が迫ってきました。

P3072751 なんとか被られずに編成全部が入りました。こうなると銀色のカシ釜もという欲が出てきますが、今さら寝言をいって始まりません。

2013年3月 3日 (日)

渋谷~代官山界隈

 今日は3月3日、桃の節句には縁がないけど、鉄の世界では16日の地下鉄副都心線に絡んだ大規模相互直通運転開始まで2週間を切り、なにかと慌ただしい気分になっています。まぁ、今さらジタバタしても始まらないので、間もなく見納めとなる渋谷~代官山界隈の様子を振り返ってみましょう。

P1246938 現在の東急渋谷駅。その昔はバスのいる所が都電の乗り場でした。

P7279686 昨年の春にオープンしたヒカリエの7階からの眺め。

P4152961 2009年、まだヒカリエは建設中でした。

Pa261004 訓練運転で地上の渋谷駅に乗り入れた東京メトロ10000系。当然ですが8連に短縮されています。

P2021734 年が明けた頃からお名残撮影が目立ちました。

P4152970 ビルの非常階段からのゲリラ撮影。電車からは気がつかない裏の部分が見えます。

P4152966 この水路が童謡「春の小川」のもとになった流れだそうです。

P4072849 ここは超有名撮影地。上下交差はなかなかタイミングが合いません。

P4072859 線路脇のビルにお邪魔しました。

P1246858 代官山に近い踏切。結構人通りはあります。

P1246865 角度を変えて。左奥が代官山駅です。

P1246909 同じ踏切ですが、代官山駅のホームから望遠で引いてみました。

P1246912 同じ位置から車両本位のアングルで。

P1246881 代官山駅に進入する9000系。このあたりは地下に潜るための勾配にかかるようです。

P1246882 ホームの幅はかなり狭い。

P1246884 通過する渋谷行きの急行。これも同じ跨線橋からの撮影です。

P1246906その昔、ホームはトンネルの手前まででしたが、今は3両分くらいがトンネルの中に延長されています。

P2202346 中目黒を出発して日比谷線のトンネルに潜ってゆく1000系。今後の去就が気がかりな車両です。

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »