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2012年12月14日 (金)

京王線の地下化を見届ける

 京王線新宿付近の併用軌道は、昭和38年4月1日の初電から地下に移りました。第一期分として併用軌道部分を地下化しただけですが、線路切替の様子をこの目で見ようと、31日の夜から徹夜で現場に出かけました。
 今と違ってレンズ交換のできないレンジファインダーカメラなので、暗闇の中ではピント合わせもままならず、フィルムはASA100のネオパンSSを一応は増感現像(適当に現像時間を延長しただけ)してみました。
 露出不足でボケボケのネガですが、なんとなくその時の雰囲気は伝わってくると思います。

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 甲州街道から専用軌道に入った所の、線路切替地点です。右が新宿寄りです。

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 大きな重機はほとんど使われず、人海戦術でレールをずらします。

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 重機はここに写っているクレーンくらいでした。

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 レールに合わせて架線も移動します。

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 併用軌道区間の架線が切断された瞬間。このくらいの距離だと、なんとかストロボが効いています。

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 線路の付替えが終わり、先に地下区間に搬入して試運転をしていたデハ2405が、上り線から地上に出てきました。

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 桜上水から出てきた試運転列車が上り線を通過します。

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 一番電車が走り、初めて地下駅に入ります。ホームに降りる階段の中ほどからの撮影。まだ工事は完全に終わっているわけではなく、裸電球が目立ちます。

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 地下線から地上に出る所。ここも現在はトンネルになっています。

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 地下に潜って行く上りの通勤急行。左に文化服装学院の建物が見えています。

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 昨日までの賑わいが嘘のよう。架線も外され、廃墟と化した地上の新宿駅です。
 新宿駅は地下化されましたが、架線電圧の昇圧は8月なので、その間は小型車も地下区間に出入りしていました。地下駅に停車している小型車の写真を撮っていなかったのが悔やまれます。

  

 

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コメント

半世紀もたつと歴史的記録になりますね。「増感現像」、なつかしい言葉です。現像液の温度を上げ、安全灯の下で現像の進行を確認しながらの暗室作業が思い起こされます。白黒の世界の存在感が際立ちます。増感した割には粒子の荒れが分からず、奇麗な画像ですね。

 増感といっても少し現像時間を押したくらいです。それでもネガを見るとシャドー部分がだいぶモヤけています。なにせまだメトール系の現像液でしたから。

重ねてのコメントにて失礼致します。
こちらも興味深く拝見させて頂きました。
地下線への切り替え作業自体のお写真、大変貴重ではないかと思います。
試運転で走る列車が、昭和30年代後半という時代をまさに表していますが、今も毎日混雑している京王線新宿駅に、こちらのお写真のような古い車両が入っていたのが驚きです。
お写真にある地上への出口は、線路が仮線のようにも見えますが、初台まで地下線が延長された際に使われなくなった短期間の出口でしょうか。
新宿駅の内部も、まだ工事中の雰囲気ですね。開業を突貫で急いでいたのだと思いますし、時代もおおらかだったのかもしれませんが、今では考えづらいような状態での開業だったのですね。
他の記事も楽しませて頂きます。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc

 この頃は何事も「オリンピックまでに」で押し通せた時代です。地上への出口は仮線ではなく、現在も使っているトンネルで、鉄製の横梁で線路を受けていました。地下線が延びる時に蓋をされたわけです。

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