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カテゴリー「1/1 私鉄」の記事

2017年10月 6日 (金)

ヘッドマーク2題

 近年は目蒲線崩れの東急多摩川線の方がメジャーのようですが、多摩川線といったら西武鉄道の方が元祖です。その多摩川線が今年で開業100周年になるので、同線で運転されている101系にそれを記念したヘッドマーク(ステッカー)が付きました。
 ところが、それだけではなく、西武の系列会社の伊豆箱根鉄道も今年で創立100周年だそうで、なんと1本が伊豆箱根の1300系(元西武の新101系)と同じ塗色になり、9月28日から走り始めているらしい。これは放っておけないので、29日に現車確認してきました。

P9290689まず武蔵境で普通の101系とご対面。

P9290688マークのアップ。1色で少々素っ気ないけど、色違いが3本いるそうです。この線はワンマンの101系が4本配置で使用は3本。運が悪いと伊豆箱根色は車庫で昼寝になります。新小金井での交換は真っ白け。白糸台に到着すると車庫にも真っ白けがいます。ということは、ここでの交換が伊豆箱根色になるはずです。

P9290691予想どおり、伊豆箱根色が来ました。まずはマークのアップを押さえておきます。

P9290692駅にはこんなポスターが出ています。記念乗車券は多摩川線の全駅で完売になっていました。

P9290695改札を出て伊豆箱根色が戻って来るのを待ちます。車庫で昼寝しているのが青マークでした。

P9290696是政から戻ってきたのが赤マーク。

P9290698そして、本命の伊豆箱根色。前面に架線ビームの影が少し引っかかったし、側面への陽の回りもいまひとつです。

P9290701ならばと是政に移動します。手前に貨物側線だった空きがあるので、うまく7:3の構図でまとめられます。

P9290702赤が行ったら次は伊豆箱根色。ちょっと光線がきつすぎて、色が飛び気味です。

P9290700是政の駅にはこんな横断幕も出ていました。伊豆箱根色は12月31日まで走るそうです。

Pa05079429日からは京王電鉄で5000系が営業運転を開始しているので、月が変わった5日にこの目で確かめに行きました。明大前で2時間粘り、特急と準特急の運用が一巡したところで5000系は現れません。まだ出惜しみして、朝だけしか走らせていないようです。
 そのか代わりにこいつをキャッチ。10月1日が高尾線開業50周年になるので、それを記念したヘッドマークが付いています。もう50年になるんですね。めじろ台の土地分譲で順番確保のアルバイトをしたのも懐かしい思い出です。
*記念のヘッドマーク取付けは10月31日まで。

Pa050800

Pa0508012時間粘って8000系のドア交換が進行しているのに気付きました。上がオリジナル、下が交換されたもの。10両固定化と関連しているようです。

2017年10月 4日 (水)

関西合運前日の寄り道(その2)

 えち鉄で福井に戻り、市役所前まで歩いて、9:51発の鷲塚針原(わしづかはりばら)行き急行を待ちます。急行といってもここから先は各駅に止まるので、実質的には普通です。

P9220266
車両は朝一番に対面したフクラムの第1編成(オレンジ)でした。ラッシュを過ぎているので、乗客は3車体合わせても10人以下です。路面区間は線路改修工事が行われていて、土休日はバス代行になることがあるらしい。1日乗車券は土休日限定だけど、平日に来て正解でした。

P9220268田原町の手前で鷲塚針原発1番の急行と擦違い。えち鉄車はだいぶおとなしい顔付きです。

P9220272田原町で運転士も交代。乗客は私だけになりました。これはホームに停車中のところで、窓の下辺がちょうどホームと同じ高さです。鉄道線に入るとスピードも60km/hを越えるくらいになりますが、単車特有の横揺れや首振り(ヨーイング)はほとんどなく、乗り心地は広電のグリーンムーバーをはるかに上回っていると感じました。

P9220323各駅は低床車用のホームを増設。交換駅の新田塚は前後に延ばせないので、独立したホームとしています。九頭龍川を渡った所の中角はホームを作れなかったのか通過となります。

P9220287鷲塚針原に到着。ここまで私一人の貸切でした。手前の構内踏切を渡った左に駅舎があります。ここが乗入れの終点になったのは、折返し用の専用ホームを作る用地があったから、なのでしょう。

P9220283こぢんまりとした駅舎。駅員はいません。正面の柱に古レールを使っているのが珍しい。周りに店はなく、人通りもほとんどありません。

P9220282駅舎は登録有形文化財になっています。

P9220280折返し時間が40分もあるので、ゆっくりと形式写真が撮れます。

P9220300その間に運転士さんは駅のトイレと車内の掃除をしていました。終わってから車内も撮影します。車端の一部を除いてクロスシート。車体幅が2600mmと広いので、2人掛けもそんなに窮屈さは感じません。

P9220309運転台。左のレバーがワンハンドルマスコン。エアレス方式なのでパネルに圧力計はない。

P9220315鉄道友の会のローレル賞を受賞しています。

P9220293えち鉄の7001形も、そこそこの形式写真が撮れました。

P9220301福井行きは6101形の単行。福鉄からの乗入れ車は上下ともえち鉄車の10分後を走るスジです。掃除道具を持っているのが運転士さんで、定年後のアルバイト。月のほぼ半分、乗入れ車だけに乗務しているそうです。

P9220339発車は10:49。えち鉄線内でも数人の乗客がありました。そのまま福鉄線に戻り、足羽山公園口で下車。赤十字前まで歩きます。写真は路面から専用軌道に入ったところ。電停は木田四つ辻から商工会議所前に改称されていました。この付近にあるはずの鉄軌道分界点を示す標識を撮ろうと思ったのですが、今回は見つかりませんでした。

P9220351赤十字前。ここから先は単線になります。ホームは嵩下げされ、柱の基礎部分で元のホーム高さがわかります。

P9220353福井寄りには保線用車両が留置されています。

P8117923

P81179322006年には140形とデキ10形がいました。140形は定期運用が終わり廃車待ちです。

P9220363途中で交換風景を撮ろうと思ったのですが、神明、西鯖江とも条件が悪いのでパス。頑張ってサンドーム西~家久間の有名な鉄橋まで歩いてみました。家久から15分弱で到着。単線のガーダー橋で、名鉄揖斐線の旦ノ島~尻毛間とよく似たロケーションです。

P9220368川は日野川。車両は880形。ちょうどこのあたりが鯖江市と越前市の境目になります。

P9220372えち鉄のキーボが来ました。

P9220375_2770形。どの列車も1編成に数人しか乗っていません。この次に急行、普通とフクラムが2本続くはずですが、雨が降ってきたので撤収します。

P9220381ローカルな造りの家久駅。建物は割と最近に改修されたらしい。

P9220382ホームが低くなった分だけ、屋根の高いのが目立つ。これではほとんど雨除けになりません。

P9220401一旦、越前武生まで行ったものの、雨が小止みになったし、時間はまだあるので、車庫のある北府(きたご)まで歩いて戻ります。この駅舎も改修されているけど、家久とは駅名標の書体が違うし、鉄道名が入っていません。

P9220414駅舎の中は資料館になっています。

P9220391写真の左側に610形(元名古屋市営地下鉄)が野晒しになっていました。

P9220425車庫建屋の脇には203-1・2、デキ10形、600形、デキ1形と並んでいます。200形は休止中の貼り紙がありますが、このまま廃車でしょう。

P9220426200形の手前にいる800形も休止中。もう1両は越前武生に留置されていました。

P8117937

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P8117947

P81179442006年の北府(当時は西武生)。一番下のモ560形は試験的に路面区間で使用し、名鉄に返還するためトレーラーに積込む準備ができていました。

P9220435次の電車で越前武生に戻ります。ちょうどフクラムが2本並びました。普通は20分、急行は30分くらいの折返し時間があり、この間に車体を清掃したりしています。

P9220439越前武生駅。元は武生新でしたが、武生市がとなりの町と合併して越前市となっても武生という名前を残しています。これで福鉄とはお別れ、武生から521系で敦賀、そこから223系の新快速に乗換えて大阪に向かいました。

2017年9月27日 (水)

タマ電のネコ電

 タマ電(玉電)という名前が消えてからもう半世紀近くになりますが、昔を知っている者にとっては、現存している世田谷線もタマ電といわないとピンときません。

P9260620そのタマ電が今年で開業110周年を迎えるのを記念して、今月の25日から「招き猫電車」が走っています。これはタマだから猫という語呂合わせではなく、沿線にある豪徳寺が招き猫発祥の地、ということにちなんだものです。

P9260634運転開始の翌日、昨日の今日だから車庫で昼寝はないだろうと出かけてみました。世田谷線には300形が10本いて、昼間は7運用だから出会える確率はかなり高い。見てのとおり、割と控えめなデザインです。三軒茶屋行きの後追いで、左が308-A。

P9260658反対側の308-B。猫の顔はどちらも同じです。

P9260674308-Aの側面。玉電110周年の文字が入っています。

P9260676308-Bの側面。豪徳寺の招き猫は右手(前足)をあげ、小判は持たないスタイルです。実はこの編成、車内も吊り手が猫耳付き、床には足跡が描かれているそうなので、もう一度、車内を撮りに行かないといけません。

P9260662日中の世田谷線は6分間隔で7本が運用されています。猫電から一巡するまでを追ってみました。黄色の306編成。

P9260680紫色の307編成。

P9260681これも110周年記念でレトロ調の305編成。

P9260667玉電時代の標準色、ペコちゃん塗りの301編成。

P9260659ライトブルーの302編成。

P9260660オレンジ色の309編成。以上が42分で一巡します。

P9260682撮り歩きには便利な一日乗車券があります。通年発売でお値段たったの330円。1乗車150円だから3回乗ればモトが取れてしまうという優れものです。ただし、下高井戸、上町、三軒茶屋の有人窓口でしか買えません。

2017年9月19日 (火)

近鉄八田の50年前と今

 なにやら大袈裟なタイトルですが、先月の15日、名古屋から東京に戻る日の午前中、ちょっと近鉄八田に寄り道したので、50年前にほぼ同じ場所で撮影したポジと比べてみました。

P8156578現代の近鉄八田。この付近は高架されていて、上下線とも副本線があります。

P8156579小雨模様だったので、電車が来る時だけホームの端に行ってシャッターを切ります。6連の急行の前2両は9000系、後ろの4両は2610系でしょう。編成の半分だけラッピングされています。

P8156582下り線を松阪行きの急行が通過。中川寄りの4連は転換クロスの5200系です。

P815658321020系(アーバンライナーnext)。2本だけでその後の増備はありません。

P8156586普通は20分に1本で、大部分は2連。しょぼいのは50年前と変わっていません。

P815658823000系(伊勢志摩ライナー)。回送なので待避線に入ります。

P8156594スナックカー+ビスタカーの8連。スナックカーはそろそろ先が見えてきたけど、ビスタカーはまだもう少し働かされるらしい。

P8156596急行なのに3連。所定の両数なのかは不明。

P8156585JRの八田は少し離れた位置にあります。昼間はほとんどが313系の2連ですが、いつの間にか転換クロス車になっていました。

P514477250年前(昭和42年4月)の八田です。ハーフ判のサクラカラーリバーサルなんで、画質が悪いのは目を瞑ってください。特急は11400系(新エースカー)の5連。先頭(画面左)は八田駅にかかっていて、普通が待避しています。

P514477311400系2連+ビスタB編成の5連。近鉄の特急車では、今でもこれが一番恰好いいと思う。

P5144774弥富~名古屋間のローカル。当時、1600系は最新形式だった。

P5144776まだ旧型車も健在。右は元伊勢電のモニ6221形。左は元関急のモ6301形か。ここは上り線側に側線があり、ラッシュが終わると普通車が留置されていました。

P5144777この頃の急行は5連が標準編成でした。電動車はモ6301形、モ6311形、モ6331形が主力。右から2両目は元伊勢電のク6471形。左から2両目は張上げ屋根なのでク6561形でしょう。

P5144770国鉄関西本線が並行しているのは今も同じ。C57が牽く名古屋行きの普通列車。

P5144771下りの普通列車。C57に続くオハネ17は工場出場車の回送のようです。

P5144775関西本線で唯一の特急だった「あすか」。名古屋~東和歌山(奈良経由)というルートは利用率が低く、この年の10月に廃止されています。

2017年8月24日 (木)

名古屋→豊橋、名鉄各駅停車の旅

 名古屋で4日間の勤務が終わり、今日は東京に帰るだけという8月12日、「のぞみ」に乗って1時間40分ではあまりにも呆気ない。久しぶりで豊橋まで名鉄に乗ってみるか、というのは「鉄」なら誰しも考えつくところでしょう。名鉄名古屋~豊橋間は特急で1時間弱。しかし、今日は時間がたっぷりあるので、全区間を各駅停車(普通)で乗り通すことにしました。

P8126432ラッシュを過ぎても相変わらず人が多い名鉄名古屋駅。豊明までは準急でもいいかと思ったけど、ここは初志貫徹。その次の普通を待ちます。

P8126435名古屋から豊橋まで直通する普通はなく、大抵は東岡崎止まりです。3505編成の4連でした。

P81264573500系は名鉄初のVVVF車で、120km/h運転可能という申し分ない性能ですが、椅子はケチっています。扉間の着席人数はたった6人。一部はこの部分に折畳み式の補助椅子を取付けたり、後期車は座席が延長されています。

P8126441特急とは対照的に車内はガラ空き。当然、一番前にへばりつきます。しかし、雨模様の天気が残念。なにかと話題の堀田は待避なしでした。

P8126442最初の待避は元笠寺。昔からの建屋部分はレールの使い方がおもしろい。

P8126448特急(半数は快速特急だが、すべて特急と表記)が通過していきます。

P8126454かつては検車区があった鳴海。駅付近は高架化され、検車区は豊明に移されています。吉良吉田行きの急行を待避。

P8126459変わった駅名のベスト5くらいに入る前後。名鉄は跨線橋部分に駅名を表示している駅が多く、通過列車でも容易に駅名を確認できます。

P8126463ここでも急行を待避。3300系+3100系です。

P8126465検車区ができて立派な駅になった豊明。しかし、周囲はいまだに何もありません。

P8126466進行方向の右側に検車区があります。2000系(ミュースカイ)の報道公開はここでした。

P8126469三河線と接続する知立(ちりゅう)は改良工事の真っ最中。昔、ここでライトパープルの3780系を撮影したっけ。

P8126472豊橋方面行きのホームは昔の雰囲気を残しています。

P8126476西尾線が分岐する新安城。ここでも急行を待避します。

P8126478_211時58分、東岡崎に到着。

P8126486次の伊奈行きは12時19分発。トイレタイムには十分の余裕があります。

P8126482トイレがある豊橋寄りのコンコースはやたらと蒸し暑く、工事現場で使うような扇風機が回っていました。

P812648812時15分頃、6500系4連の伊奈行きが到着。データイムはほとんどが東岡崎~伊奈間の運転で、名古屋方面からの直通は珍しい。

P8126490先頭のク6416に陣取ります。3500系より前方の見通しは悪い。名鉄では豊橋寄り先頭車の形式が系列を兼ねるのが通例ですが、6500系は何故か例外です。

P8126493美合。かつてはここ止まりの特急もありました。

P8126499何本目かの急行を待避。

P8126503藤川~名電山中間の山側(進行左側)には定期検査などを行う舞木検査場があります。

P8126504文字どおり、山の中という雰囲気の名電山中。このあたりは晴れて陽が射していました。

P8126505高架で待避線もある本宿。

P8126511国府に到着。ローマ字表記はKOUではなくKŌでした。

P8126512豊川線の列車も到着。ここでも特急か急行を待避したはずですが、写真は撮り忘れた。

P8126515国府を発車して間もなく、豊川線が左に分かれていきます。

P8126516国府~伊奈間の小田渕。急行をここに止めれば、普通を伊奈まで運転する必要はなくなるはずです。

P812651812時57分、伊奈に到着しました。上りの待避線に東岡崎行きが停車しています。乗ってきた列車は折り返さず留置線に回送され、夕方まで昼寝のようです。

P8126529あと一駅で豊橋ですが、この区間は普通がないので、13時13分発の急行に乗ります。

P81265353300系は最初の5本がクロスとロングの併用です。これでなんとか名鉄の面目も保たれたと思ったのですが、それ以後はオールロングシートになってしまいました。

P8126533左から飯田線が合流する西小坂井信号場。この先はJRとの共用で、名鉄の列車枠は1時間に6本。なので普通が割り込む余地がないのです。

P8126534東海道本線の普通に抜かれた。

P812653713時18分、豊橋に到着。「のぞみ」に乗っていればもう自宅に着いている時間です。飯田線で213系をまともに見たのは初めてかな。車椅子スペースとか大型トイレの設置で、見た目の割に座席数が少ないのが残念。せめて扉間の戸袋部分に補助席を設けて欲しいところです。

P8126544改札を出で豊鉄市内線にご対面。真っ昼間なのにビール電車はもう営業を終わったあとでした。蒸し暑さにめげて市内線の撮影は中止。「こだま」に乗って東京に戻りました。 

2017年7月29日 (土)

昭和39年8月の小田急

 昭和39年は東海道新幹線が開業し、東京オリンピックが開催されるという、結構節目になる年でした。私は大学に進学し、毎日、いやがおうでも(実際には大喜びで)小田急に100km以上乗ることになったのです。この写真を撮った8月16日は夏休みですが、学園オリンピックなどという行事が行われ、新聞部に所属していたため、その撮影に狩出されました。競技が早めに終わったのか、勝手にあとを端折ったのかは記憶にありませんが、ちょっと寄り道して15時過ぎには新松田の少し新宿寄りで小田急を撮影していたのです。
 標準レンズでのなんの捻りもない画像ですが、幸にも手元に当時のダイヤグラムがあるので、時間帯や列車番号などを検証してみましょう。

P5104125_2写真1  15:39頃、2022列車、特急「第2きんとき」。この頃の特急愛称名は「あしがら」「あしのこ」「きんとき」「はこね」「おとめ」の5種類でした。NSEは4本揃い、特急はほぼ30分ごと、新宿~小田原間62分と最速を記録しています。NSEは前面の愛称表示がホームベース形、屋根上のクーラーもないすっきりしたスタイルです。

P5104126_2写真2  15:41頃、2707D、特別準急「長尾」。御殿場直通の気動車で御殿場線内の列車種別は準急でした。写真右がキハ5100形、左がキハ5000形で、平日は大抵1両で走っていました。新宿から松田まで無停車、新宿を特急の1分あとに出ますが、向ヶ丘遊園からの勾配でスジが寝てしまい、4分後に出る急行に尻をせっつかれます。

P5104127_2写真3  15:44頃、急行39列車、運用記号39。箱根湯本行き急行のHE車で、新宿を出る時は6連。相模大野切り離された後ろ2両は各停の小田原行きになります。暑い盛りなので窓は見事に全開、カーテンが風圧でバタついている様子がわかります。

P5104128_2写真4  15:52頃、普通7264列車、運用記号M。2200形2連の普通相模大野行き。ただし、7200代の列車番号は新宿~相模大野間を急行に併結する本線普通列車を意味します。相模大野以西の急行が止まらない駅の乗客にとっては、乗換えなしで新宿まで直通する便利な列車です。

P5104130_2写真5  15:58頃、回送回66B列車、運用記号ST。1600形の4連で小田原まで回送後、折返して急行66列車になります。本来ならHEなどの高性能車が充当されるスジですが、夏ダイヤで江ノ島急行に車両を回すため、ABFも急行に狩り出されます。

P5104131_2写真6  帰りに乗った新松田始発の2602列車「丹沢号」、運用記号PW。大秦野で特急「第3きんとき」を待避します。「丹沢号」は土曜の夜に下り2本、休日の夕方に上り5本が運転され、停車駅は新松田、渋沢、大秦野、本厚木、向ヶ丘遊園、新宿と少ないことから特殊急行と区別されます。ただし、ヘッドマークは付いても種別表示はありません。
 写真の手前は空気バネ台車のクハ1651ですが、本厚木~向ヶ丘遊園間無停車のモーター音を楽しむため、となりのデハに乗ったのはいうまでもありません。

P7295091_2昭和39年7月5日から8月23日までの夏ダイヤ。緑字が休日用で、裏面の平日用は青字です。

P7295089_3運用記号の内訳。これが小田急ファンは最も興味深いところです。A~Mの2200形2連には、2220、2300、2320形も含まれます。N~WのABF2連は1600形が原則、ただし10運用では予備なしなので、2100形や1911~1914編成をバラしてこれに回すこともあります。3連が基本だったHBも、この頃はほぼ半数が4連になっています。

P7295092_2新松田付近を拡大しました。横線は上からオ=相模大野、ホ=本厚木、ハ=大秦野、松=新松田、→の縦線が16時です。青でマークしたところが撮影した列車、青丸が大秦野の特急待避場面です。この画像は少し大きめにしてあります。 

2017年7月24日 (月)

その後の代々木八幡

 小田急の代々木八幡を紹介したのは、本格的な改良工事が始まる前の2014年。2度目が2016年3月で、その後も何度か現状を観察に行っています。一番最近は先週の21日に訪問し、それをネタにして昨日の午後にはアップする予定でした。しかし、さぁ、画像を加工しようと思ったらパソコンが機嫌をそこね、夕方には復旧したものの、模型製作が途中で止められない状態になり、アップは順延となりました。
 そして今日、朝一でパソコンを立ち上げてみたら、なんとOER3001氏のブログで先を越されていました。以前にも登戸の紹介で同じようなケースがあり、まぁ、大体考えていることと行動は同じ、ということなのでしょう。かといってせっかく用意したネタをお釈迦にするわけにはいきません。あちらはあちら、こちらはこちら、お暇な方は両方を見比べてください。約1週間の違いが発見できるかも知れません。

P7216278下りホーム中ほどから小田原寄りを見たところ。手前の桁がかつての跨線橋の位置です。

P7216282まだ跨線橋の階段部分は残っています。

P7216283下りホームの先端から。手前に見える代々木八幡1号踏切は、山手通り(奥の緑色の桁)の下に移設されています。

P7216279新宿寄りはホームが形になりつつあります。

P7216274新宿寄りの先端部。新ホームの上に停止位置目標が置かれています。

P7216299新宿寄りの踏切から。最終的にレールは現在のホームの位置まで移設されるだろうから、ホーム幅はもう少し広くなるはずです。

P7216286橋上駅舎の土台ができはじめたので、跨線橋からの眺めは悪くなりました。

P7216287階段の中ほどで、やっとこのくらいの見通しです。

P7216289今回は新しいアングルに挑戦しました。全体を見るなら高い所に限ります。

P7216293山手通りも見下ろせます。

P7216290さらに高く。

P7216294このくらいからだと、全容がよくわかります。次は先を越されないよう、登戸ネタをアップするか。

2017年7月16日 (日)

駅を観察する

 総武本線の貨物列車のおまけで何度か足を運んでいる東武鉄道亀戸線。7月7日もオレンジと緑が走っていました。

P7076225両者の顔合わせが撮れる東あずま、この日は小一時間粘ってもすべてこのタイミングでした。次の顔合わせまでの10分間で、駅をいろいろな角度から観察してみました。

P7076232駅名標です。“ひがし”と“あずま”は同義語じゃないかという突っ込みも出そうですが(私も最初はそう思いました)、あずまは東ではなく吾妻を意味しているのです。

P7076254電車は終日2連なので、かなり以前からワンマン運転です。

P7076245ホームの全景。右が下り線(亀戸行き)です。20m車とはいえ2連なので、東急池上線より短く、恐らく都内の大手私鉄では最短でしょう。

P7076246改札口は下りホーム側にあり、上りホーム(曳舟行き)へは構内踏切を渡ります。

P7076257構内踏切の遠景。一般道の踏切が並行しています。踏切脇の駅舎は2階建てなのが珍しい。泊まり勤務で寝起きしているのでしょう。

P7076255地平からホームへはスロープで結ばれています。しかし、バリアフリー化はここ10年くらいのことで、以前は階段だったはずです。

P7076241_2その証拠がこれ。本来のホーム端は赤矢印の位置でしたが、スロープ化により青矢印の位置に移り、同時に嵩上げも行われています。

P7076238スロープ化によりホームの実質的な有効長が短くなったので、その分が曳舟寄りに延長されています。ホームの側面を見れば一目瞭然ですね。

P7076240_2ホームはほぼ全長に渡って屋根があります。しかし、支柱をよく見ると中央分の3本だけが古レールです(赤矢印の部分)。その昔、屋根はこの3本分だけだったのでしょう。

P7076236亀戸寄りの踏切は結構車の往来もあります。

P7076244その踏切と構内踏切との間には、不法侵入を防ぐトゲトゲがあります。正式にはなんという名前なのか、ご存知の方は教えてください。形状は角材の先端を四角錐状にしたもので、かつては京成や京急でもよく見かけました。

P2100408同じ用途でも山陽電車で見たのは円錐状で、材質もプラスチックのようでした。これは幅が1mもないくらいですが、成人男子の平均的な跳躍距離を上回るくらいでないと、本来の目的を達成できません。

P7076258そうこうしているうちに10分が過ぎ、今度は曳舟行き(写真左)が少し早めに発車していきました。

2017年7月 3日 (月)

異色同士の顔合わせ

 このところ昼前後に亀戸を通ることが多いので(自分で勝手にそういう用事を作っている)、その都度、ちょっと下を覗いて東武亀戸線に何色が走っているのかを確認しています。というのも、今年の2月に昔の試験塗色である緑に白帯(通称:緑亀)の編成が出現したので、先に登場しているオレンジに黄帯との顔合わせが撮れないかと狙っていたのです。そして今日、その2本が亀戸線に入っていることを確認しました。

P7036215亀戸線は昼間、2編成が10分間隔で運転し、中間の東あずま付近で擦れ違います。乗ってきたオレンジが発車したところに緑亀が進入してきました。時刻表では上下列車とも(曳舟行きが上り)同時分発ですが、上りの方が少し早いようです。ならばアウトカーブになる下りホームからの方が撮りやすそうです。

P7036217一旦改札を出てから下りホームの中ほどで構えます。そして10分後、う~ん、上りの発車が少し遅かった。

P7036218ホームの亀戸寄りに移動してさらに待つこと10分。三度目の正直でうまく収まりました。ワンマン編成は春日部支所に5本配置されていて、大師線と共通運用です。それぞれが亀戸線に入る確率は1/5だから、2本が揃う確率は1/5×1/5=1/25、でいいのだろうか。

2017年6月28日 (水)

北勢線、全駅の記録

 数少ない電化ナローの北勢線は、三重交通→近鉄を経て現在は三岐鉄道の路線になっています。三岐鉄道では車両や施設の改良とともに、駅の統廃合も行われました。
 今回ご覧いただくのは、近鉄時代の1977(昭和52)年2月の撮影で、まだ三重交通時代の車両が活躍し、終点では電動車の付替えを行っていました。阿下喜からの帰り道、最後尾の座席に座ったので、そこから走り去る各駅を撮影したものです。当時は起点、終点を含めて17の駅があり、三岐鉄道になってから4駅が廃止、3駅が駅名を改称し、一部は移転しています。

P5072933阿下喜(あげき)。これは車内からではありません。モニ225が機回しをしてトレーラーに連結したところです。

P5114340六石[廃止]。かつては交換設備があったようです。駅員はいません。ホームの有効長は3連くらいなので、朝の5連ははみ出します。
P5114341麻生田(おうだ)。ここも交換設備があったようです。

P5114342上笠田[廃止](1)。阿下喜行きと交換します。タブレット交換のためか、交換駅は右側通行です。

P5114343上笠田(2)。員弁川に近く、周囲はだいぶ開けています。

P5114344楚原。側線も1本ある交換駅ですが、よく見ると画面中央のホームは短くて低い。レールも錆びていて、ここでの交換は行われていないようです。

P5114345長宮[廃止]。最小限の設備ながら、ホームは鉄骨のしっかりした造りです。

P5114346大泉東→大泉。中央の側線に貨車が留置されています。左側が駅本屋のようです。現在も交換駅ですが側線は撤去され、大泉と改称。

P8083261現在の大泉。2005年8月の撮影。レールは40kg、バラストもたっぷり撒かれています。

P5114347北大社(きたおおやしろ)[廃止](1)。当時は車庫が西桑名にあり、駅前の区画整理のため、新しい車庫を北大社に建設する工事が始まっていました。

P5114348北大社(2)。画面左に組立てられたポイントが見えます。

P5114349北大社(3)。西桑名方面の乗り場は仮ホームになっています。

P5114350北大社(4)。左の建物は変電所。車庫ができ、周囲にそこそこの集落もあるのに、三岐鉄道になって廃止されたのは意外でした。

P5114351六把野(ろっぱの)→東員。阪Sさまが仕事で通われたことがあるという駅。現在は少し北大社寄りに移転し、東員と改称しています。

P8083246現在の東員。駅前広場が整備され、路線バスも発着します。

P5114352穴太(あのう)。ホームの端がだいぶ朽ち果てていますが、駅員は常駐しているようでした。

P5114353七和(ななわ)。私が初めて北勢線で下車したのがこの駅だったはず。

P5114354坂井橋→星川。周囲がそこそこ市街地らしくなってきて、桑名に出るバスの便もあります。七和寄りに移転して星川に改称。

P5114355在良(ありよし)。道路とアンダークロスしています。

P5114356蓮花寺。だいぶ家が建て込んできたが、ホームの脇には農地もあります。

P5114357西別所。

P5114358馬道。駅本屋はかなり立派です。

P5114362西桑名を発車した阿下喜行き。当時の西桑名は現在の駅の手前をほぼ90度カーブした位置にありました。バックはまだ盛業中だった桑栄メイト。

P5114359先端がカーブにかかっている西桑名のホーム。列車を据付けてから改札するシステムで、大勢の乗客が待機しています。

P5114367当時の駅舎。

P5114366カーブの内側が車庫になっていました。

*この年の5月に西桑名の駅は現在の位置に移り、北大社の車庫が開設されました。

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