フォト
無料ブログはココログ

カテゴリー「1/1 私鉄」の記事

2017年12月 8日 (金)

京王電鉄、5000系デビューの影に…

 本日付けで京王電鉄5000系の5本目が竣工します。西武の40000系は先日、池袋に停車しているのを遠目に眺めましたが、京王5000系はまだ実物に遭遇できません(普段の行いはそんなに悪くないと思うのだが)。
 私も行いはさておき、10連が5本も増備されれば、それと引換えに廃車が出てもおかしくありません。京王線で廃車になるとすれば、その候補は一番古い7000系からとなるのが当然です。

P5124575たまたま仕事の関係で得た情報によると、写真の7709編成(8連)は10月27日付けで中間のサハを抜いた6連に短縮されました。同様に7708編成も11月10日付けで6連化。編成から外されたサハ4両は、11月13日付けで7000系では初めての廃車となりました。
 6連は単独だと高幡不動~高尾山口間のローカルしか使い道がありません。8連が3本減る分は、各停の10連化が進むのでしょう。

Pc071407_3さらに、昨日見かけた7706編成は12月11日付けで8両丸ごと廃車になります。写真のようにつつじヶ丘では下りに被られたので、新宿から戻って来る下りを狙える場所を探します。

Pc071414正午を過ぎて、分倍河原ではなんとか下りの側面に陽が回り始めてきました。8連全部は入りませんが、まぁ、これが最後の記録になるでしょう。

Pc071415停車したところで新宿寄り先頭の車号も写しておきます。

P9302166これは2015年9月の撮影。VVVF改造はつい最近と思っていたら、実際には2005年だからもう12年もたっています。新製は1984年なので車齢33年。ステンレス車体だから、もう少し使えそうな気もします。コルゲート(歯磨きではない)がないとステンレスらしくない、なんていうのはオジサンの証拠なんでしょうね。

2017年12月 5日 (火)

京都のポール電車

 前回の近鉄、京阪と同じネガの続きです。昭和40(1965)年10月7日、まず朝方に杭瀬で阪神の小型車を撮ってから、京阪の関目に移動。それから京阪に乗って京都に出て、午後は嵐電と叡電(この頃は京福電気鉄道の嵐山線と叡山線でした)を撮影しています。

P7044958初っぱなからタイトルに偽りありで、ビューゲル付きの京都市電です。場所は四条大宮、これから嵐山に向かうところですが、クラシックなスタイルの500形が来たので、シャッターを切りました。

P7044959次はいきなり終点の嵐山。レディスホテルもないし、人力車もいません。まだ紅葉には早い端境期なのかも知れないけど、今からは想像もつかないくらい閑散としています。

P7044960駅の外れから四条大宮に向かうモボ111形を1枚。なんと、まともな車両写真はこの1枚だけです。

P7044963モボ101形の台車。軸バネがない(その脇にあるバネはどういう作用をするのか)、変わった構造で、神戸製鋼所製だそうです。現在のモボ101形は更新で車体、台車とも変わっています。

P7044969四条大宮に戻り、どういう経路で出町柳に出たかは記憶がありません。まずは岩倉で1枚。もう山里の雰囲気ですが、ここまでは複線で折返しの列車もあります。デオ300形はまだ前面がいじられていません。ポールもホィール式でした。

P7044968二ノ瀬。もうだいぶ山の中です。右奥には茅葺き屋根の民家が並んでいます。

P7044967貴船口を出て鞍馬に向かうデオ300形。この日はデオ300形が2両とも鞍馬線に入っていました。鞍馬(画面右)に向かっては上り勾配なのに、写真では水平か少し下っているように見えます。

P7044964終点の鞍馬。駅舎は今も変わっていません。

P7044970山を下りて、修学院の車庫を覗いてみました。中央はデオ200形で、その後ろに元阪神のデナ500形がいます。

P7044973デナ500形の2連。幅が狭いので、阪神の時ほどではないけど、ドア下にはステップが取り付けられています。ここよりもう少し右に渡り線があり、できたばかりらしくまだ架線が張ってありません。ところが、車庫から出てきた編成が本線上で止まり、向きを変えてその渡り線に入ってきました。えぇぇぇぇ、まずいんじゃねぇと思ったら、ポイントの寸前で車掌がポールを引き下げ、惰力で渡り線を通過。下り線(手前の線路)に入ったら一旦停止してポールを上げ、何事もなかったように走っていきました。

P7044974もう時間は17時くらいかな。だいぶ暗くなり、前照灯を点灯しています。デナ21形の単行で、かなり満員に近い。あたりはさらに暗くなり、力行しているとトロリーホィールの回りにスパークの輪ができます。今なら動画で撮りますが、その頃は写真に撮ろうなんて気はなく、じっと眺めていました。

2017年11月23日 (木)

昭和40年の近鉄と京阪

 定番の古いネガからシリーズ、今回は近鉄と京阪です。昭和40年10月6日に近鉄の布施、翌7日に京阪の関目で撮影しています。言い訳がましくなりますが、まだカメラにも慣れず、メガネをかけてレンジフアインダーを覗くため、目一杯に引きつけたつもりでも車両は画面の半分以下。まぁ、写っているだけましと考えてください。

P7044934当時の布施は地平で、大阪線は上下ホームの中間に通過線が1本ありました。車両は木造のモ251形?を改造したモワ、車号は読めません。まだ奈良線は600Vだから、このモワは複電圧ではないだろうか。

P7044938看板列車のビスタカー、C編成ですね。

P7044936榛原準急の2000系。モ2000形は片運、両開きドアに改造されています。

P7044937高安~大阪(上本町)間のローカル。手前は高性能車トップのモ1460形、奥が4ドアになったモ1470形です。

P7044942国分~大阪間のローカル。手前の2両は急行用のモ2200形ですが、ロングシート化されています。奥の2両はク1500形とモ1400形。直通車仕様なのでモ2200形とも併結できます。

P7044935このホームは大阪線下りと奈良線上りが背中合わせなので、振向けば奈良線が撮れます。奈良線は上下それぞれの通過線があり、鹿のマークを付けた8000系奈良行き特急が通過していきます。

P7044940900系の普通を追抜く800系の急行。

P7044941上り急行の820系。その右の側線で大阪線と奈良線がつながっています。電圧が違うので、電柱の右をよく見るとデッドセクションがあるのがわかります。

P7044944大阪線上りホームに移動しました。先ほどの国分ローカルの戻りです。トイレはまだ使えたのだろうか。2両目はシュリーレン台車のようなので、2224~2226のいずれかになります。

P7044943ク1569の台車。近車のKD-3です。

P7044952翌日は京阪の関目でも撮影しています。特急はスピードが速いのでブレています。手前3両が元1810系、奥の2両はバンパーが見えているので、新製の1900系です。

P7044953600系の急行。台車は枕バネがコイル+オイルダンパ付きに改造されていますが、軸は平軸のままです。

P70449542000系2連の三条行き普通。エコノミカル台車(KS63)付きで一番乗り心地が悪いグループです。この頃は阪急も京都線の普通には2連がありました。

P70449551700系の守口行き。ロングシート化されていても特急色で、鳩マークも付いています。臨時に特急で走ることもあったのでしょう(乗りたかった)。

P70449561900系6連の特急。前の1700系が発車したすぐあとを追抜いて行きました。

P70449571000系の萱島行き。3+3の6連で、中間に流線型の頭が鉢合わせしています。ドア上の雨樋が微妙な曲がり方で、模型だと苦労しそうです。

2017年11月16日 (木)

改札の外は米軍基地

 JR鶴見線には改札口を出ると大企業の敷地で、関係者以外は外に出られないという駅があります(どこだかはご存知ですね)。ところが、京急には改札口の外は米軍基地で、パスポートを持っていないと通行できないという駅があります。

Pb131148これがその駅。逗子線の神武寺です。上りのエアポート急行が発車していきました。左にマンションのような建物が見えますが、ここは日本の主権が及ばない所なのです。

Pb131201上りホームの中ほどから。屋根は2両分くらいしかありません。今は8連が止まりますが、かつてはこのあたりがホームの外れだったのでしょう。右の矢印の三角屋根が駅舎で、上りホームへは構内踏切を渡って出入りします。左の矢印の所に見える小さい建物が、大袈裟にいえば日本とアメリカの国境になります。

Pb131187構内踏切の手前にある注意書き。これより左は米海軍横須賀基地なのです。

Pb131190品川方面を見たところ。JR逗子への線路が分岐しています。

Pb131186その左が問題の改札口。

Pb131193建物右端の注意書き。軍関係者と許可を得た者以外は立入り禁止です。

Pb131191一般人が立入りできるのはここまで。改札口が国境になります。

Pb131188ものものしい注意書きです。

Pb131192改札口の先はゲートらしきものが見えています。

Pb131195日中でもそこそこ人の出入りがあります。

Pb131196回送線は1枚目の写真で電車の頭あたりまで架線があり、そこにはこんな標識がありました。逗子までの線路は米軍の施設なんだろうか。

Pb131200逗子寄りには渡り線があります。しかし、ここで回送列車の牽引機が電車からDLに交代する時の手順がよくわかりません。

Pb131154ひととおり観察を終え、改札口を出ました。左に道路が並行していますが、コンビニすら見当たりません。

Pb131157品川寄りに5分ほど歩いた線路端にも、立入り禁止の表示がありました。実はこの奥に米海軍の住宅があるのです。興味のある方は航空写真などを参照してください。

2017年10月30日 (月)

小田急、登戸レポート

 またかといわれても小田急ファンなら知らん顔はできない、登戸レポートです。

P5305615まずは5月30日。新宿寄りは下り緩行線とレールがつながっています。

P5305611小田原寄りのホーム先端に近い所。道床となるコンクリートを流込んでいます。

P5305610_2小田原寄りはまだ本線とレールがつながっていません。

P5305607電車の最後部あたりまでホームが延びるようです。

Pa050806そして10月5日の新宿寄り。参宮橋付近で信号点検とかで少しダイヤが乱れ、下り緩行は鉄橋上で5分くらい信号待ち。やっと特急が通過して行きました。

Pa050807信号が変わってホームに入ってきたのはE233系の急行でした。恐らくダイヤ整理で経堂か成城学園前から緩行線に入ったのでしょう。

Pa050809ホーム先端部はだいぶ細くなっています。このあたりは多摩川の土手の上です。

Pa050837上りホームから見るとこうなります。

Pa050810ホーム中ほど。

Pa050812小田原寄りもレールが延びています。

Pa050814その先でしっかり本線につながっています。

Pa050824VSEの先頭が下りホームの先端になります。

Pa050838上りホームとは1.5両分くらい新宿寄りにずれています。

Pa050816上りホームの山側は更地になっていました。再開発に備えて立ち退きが完了したようです。

Pa050832かなり広い。

Pa050834_2このあたりに大きなビルが建つのでしょう。歩き回って小腹もへったので、改札内の箱根そばで腹ごしらえして帰宅しました

2017年10月24日 (火)

東武亀戸線の色違い

 厳密にいえば春日部支所に所属する8000系2両ワンマン車の色違い、ということになりますが、実際に運転されるのは亀戸線と大師線なので、タイトルは「亀戸線の色違い」としました。

P4190868昨年の4月、かつての73・78系でお馴染みの塗色が復活し、さらに夏には検討用の試験塗色だった緑に白帯も登場しています。そして今年の7月には黄色にオレンジ帯の試験塗色も登場したとか。先の2本を撮った以上、3本目も無視できません。
 1週間ほど前、秋葉原に買い物に出て、まだそのまま帰るには早い。ここまで来たついでにと亀戸線を覗いてみると、ちょうどお目当ての編成が発車したところでした。

Pa180970早速追いかけ、曳舟から戻ってくるところを1枚。運悪く陽が陰ってしまいました。

Pa180971場所を変えてもう1枚。陽が出たのはいいけど、電柱の影が~。

Pa245106この色の組合わせで思い浮かぶのはこれ。西鉄2000形です(画像はカラーブックス「西鉄」から転載)。実物の黄色はもう少しこってりしていたように思います。今でも貝塚線の600形はこの塗分けです。

Pa245105もうひとつ、名鉄にも似たような塗分けの時代がありました(これもカラーブックス「名鉄」から転載)。ライトパープルのあとで、あまり長続きせず赤一色に変わります。傍系の豊橋鉄道ではステンレスカーが入るまで、これが標準色になっていました。

 東武に話を戻すと、8000系2両ワンマン車のうち、春日部支所に所属する5本が亀戸線、大師線に使用されます。亀戸線は朝ラッシュ時3本、それ以外は2本で運用されるので、運がよければ3本すべて色違いとなることもあるわけです。
 データイムに東あずまで見られる2本並びも、3本になると組合わせは3とおり、それに現在の標準色との絡みも入れれば6とおりのパターンが考えられます。勢いづいた東武がもう1本の試験塗色(ブルー系)も復活させるとしたら、組合わせは何とおり?。そこまで東武に付合いきれるだろうか。

2017年10月 6日 (金)

ヘッドマーク2題

 近年は目蒲線崩れの東急多摩川線の方がメジャーのようですが、多摩川線といったら西武鉄道の方が元祖です。その多摩川線が今年で開業100周年になるので、同線で運転されている101系にそれを記念したヘッドマーク(ステッカー)が付きました。
 ところが、それだけではなく、西武の系列会社の伊豆箱根鉄道も今年で創立100周年だそうで、なんと1本が伊豆箱根の1300系(元西武の新101系)と同じ塗色になり、9月28日から走り始めているらしい。これは放っておけないので、29日に現車確認してきました。

P9290689まず武蔵境で普通の101系とご対面。

P9290688マークのアップ。1色で少々素っ気ないけど、色違いが3本いるそうです。この線はワンマンの101系が4本配置で使用は3本。運が悪いと伊豆箱根色は車庫で昼寝になります。新小金井での交換は真っ白け。白糸台に到着すると車庫にも真っ白けがいます。ということは、ここでの交換が伊豆箱根色になるはずです。

P9290691予想どおり、伊豆箱根色が来ました。まずはマークのアップを押さえておきます。

P9290692駅にはこんなポスターが出ています。記念乗車券は多摩川線の全駅で完売になっていました。

P9290695改札を出て伊豆箱根色が戻って来るのを待ちます。車庫で昼寝しているのが青マークでした。

P9290696是政から戻ってきたのが赤マーク。

P9290698そして、本命の伊豆箱根色。前面に架線ビームの影が少し引っかかったし、側面への陽の回りもいまひとつです。

P9290701ならばと是政に移動します。手前に貨物側線だった空きがあるので、うまく7:3の構図でまとめられます。

P9290702赤が行ったら次は伊豆箱根色。ちょっと光線がきつすぎて、色が飛び気味です。

P9290700是政の駅にはこんな横断幕も出ていました。伊豆箱根色は12月31日まで走るそうです。

Pa05079429日からは京王電鉄で5000系が営業運転を開始しているので、月が変わった5日にこの目で確かめに行きました。明大前で2時間粘り、特急と準特急の運用が一巡したところで5000系は現れません。まだ出惜しみして、朝だけしか走らせていないようです。
 そのか代わりにこいつをキャッチ。10月1日が高尾線開業50周年になるので、それを記念したヘッドマークが付いています。もう50年になるんですね。めじろ台の土地分譲で順番確保のアルバイトをしたのも懐かしい思い出です。
*記念のヘッドマーク取付けは10月31日まで。

Pa050800

Pa0508012時間粘って8000系のドア交換が進行しているのに気付きました。上がオリジナル、下が交換されたもの。10両固定化と関連しているようです。

2017年10月 4日 (水)

関西合運前日の寄り道(その2)

 えち鉄で福井に戻り、市役所前まで歩いて、9:51発の鷲塚針原(わしづかはりばら)行き急行を待ちます。急行といってもここから先は各駅に止まるので、実質的には普通です。

P9220266
車両は朝一番に対面したフクラムの第1編成(オレンジ)でした。ラッシュを過ぎているので、乗客は3車体合わせても10人以下です。路面区間は線路改修工事が行われていて、土休日はバス代行になることがあるらしい。1日乗車券は土休日限定だけど、平日に来て正解でした。

P9220268田原町の手前で鷲塚針原発1番の急行と擦違い。えち鉄車はだいぶおとなしい顔付きです。

P9220272田原町で運転士も交代。乗客は私だけになりました。これはホームに停車中のところで、窓の下辺がちょうどホームと同じ高さです。鉄道線に入るとスピードも60km/hを越えるくらいになりますが、単車特有の横揺れや首振り(ヨーイング)はほとんどなく、乗り心地は広電のグリーンムーバーをはるかに上回っていると感じました。

P9220323各駅は低床車用のホームを増設。交換駅の新田塚は前後に延ばせないので、独立したホームとしています。九頭龍川を渡った所の中角はホームを作れなかったのか通過となります。

P9220287鷲塚針原に到着。ここまで私一人の貸切でした。手前の構内踏切を渡った左に駅舎があります。ここが乗入れの終点になったのは、折返し用の専用ホームを作る用地があったから、なのでしょう。

P9220283こぢんまりとした駅舎。駅員はいません。正面の柱に古レールを使っているのが珍しい。周りに店はなく、人通りもほとんどありません。

P9220282駅舎は登録有形文化財になっています。

P9220280折返し時間が40分もあるので、ゆっくりと形式写真が撮れます。

P9220300その間に運転士さんは駅のトイレと車内の掃除をしていました。終わってから車内も撮影します。車端の一部を除いてクロスシート。車体幅が2600mmと広いので、2人掛けもそんなに窮屈さは感じません。

P9220309運転台。左のレバーがワンハンドルマスコン。エアレス方式なのでパネルに圧力計はない。

P9220315鉄道友の会のローレル賞を受賞しています。

P9220293えち鉄の7001形も、そこそこの形式写真が撮れました。

P9220301福井行きは6101形の単行。福鉄からの乗入れ車は上下ともえち鉄車の10分後を走るスジです。掃除道具を持っているのが運転士さんで、定年後のアルバイト。月のほぼ半分、乗入れ車だけに乗務しているそうです。

P9220339発車は10:49。えち鉄線内でも数人の乗客がありました。そのまま福鉄線に戻り、足羽山公園口で下車。赤十字前まで歩きます。写真は路面から専用軌道に入ったところ。電停は木田四つ辻から商工会議所前に改称されていました。この付近にあるはずの鉄軌道分界点を示す標識を撮ろうと思ったのですが、今回は見つかりませんでした。

P9220351赤十字前。ここから先は単線になります。ホームは嵩下げされ、柱の基礎部分で元のホーム高さがわかります。

P9220353福井寄りには保線用車両が留置されています。

P8117923

P81179322006年には140形とデキ10形がいました。140形は定期運用が終わり廃車待ちです。

P9220363途中で交換風景を撮ろうと思ったのですが、神明、西鯖江とも条件が悪いのでパス。頑張ってサンドーム西~家久間の有名な鉄橋まで歩いてみました。家久から15分弱で到着。単線のガーダー橋で、名鉄揖斐線の旦ノ島~尻毛間とよく似たロケーションです。

P9220368川は日野川。車両は880形。ちょうどこのあたりが鯖江市と越前市の境目になります。

P9220372えち鉄のキーボが来ました。

P9220375_2770形。どの列車も1編成に数人しか乗っていません。この次に急行、普通とフクラムが2本続くはずですが、雨が降ってきたので撤収します。

P9220381ローカルな造りの家久駅。建物は割と最近に改修されたらしい。

P9220382ホームが低くなった分だけ、屋根の高いのが目立つ。これではほとんど雨除けになりません。

P9220401一旦、越前武生まで行ったものの、雨が小止みになったし、時間はまだあるので、車庫のある北府(きたご)まで歩いて戻ります。この駅舎も改修されているけど、家久とは駅名標の書体が違うし、鉄道名が入っていません。

P9220414駅舎の中は資料館になっています。

P9220391写真の左側に610形(元名古屋市営地下鉄)が野晒しになっていました。

P9220425車庫建屋の脇には203-1・2、デキ10形、600形、デキ1形と並んでいます。200形は休止中の貼り紙がありますが、このまま廃車でしょう。

P9220426200形の手前にいる800形も休止中。もう1両は越前武生に留置されていました。

P8117937

P8117941

P8117947

P81179442006年の北府(当時は西武生)。一番下のモ560形は試験的に路面区間で使用し、名鉄に返還するためトレーラーに積込む準備ができていました。

P9220435次の電車で越前武生に戻ります。ちょうどフクラムが2本並びました。普通は20分、急行は30分くらいの折返し時間があり、この間に車体を清掃したりしています。

P9220439越前武生駅。元は武生新でしたが、武生市がとなりの町と合併して越前市となっても武生という名前を残しています。これで福鉄とはお別れ、武生から521系で敦賀、そこから223系の新快速に乗換えて大阪に向かいました。

2017年9月27日 (水)

タマ電のネコ電

 タマ電(玉電)という名前が消えてからもう半世紀近くになりますが、昔を知っている者にとっては、現存している世田谷線もタマ電といわないとピンときません。

P9260620そのタマ電が今年で開業110周年を迎えるのを記念して、今月の25日から「招き猫電車」が走っています。これはタマだから猫という語呂合わせではなく、沿線にある豪徳寺が招き猫発祥の地、ということにちなんだものです。

P9260634運転開始の翌日、昨日の今日だから車庫で昼寝はないだろうと出かけてみました。世田谷線には300形が10本いて、昼間は7運用だから出会える確率はかなり高い。見てのとおり、割と控えめなデザインです。三軒茶屋行きの後追いで、左が308-A。

P9260658反対側の308-B。猫の顔はどちらも同じです。

P9260674308-Aの側面。玉電110周年の文字が入っています。

P9260676308-Bの側面。豪徳寺の招き猫は右手(前足)をあげ、小判は持たないスタイルです。実はこの編成、車内も吊り手が猫耳付き、床には足跡が描かれているそうなので、もう一度、車内を撮りに行かないといけません。

P9260662日中の世田谷線は6分間隔で7本が運用されています。猫電から一巡するまでを追ってみました。黄色の306編成。

P9260680紫色の307編成。

P9260681これも110周年記念でレトロ調の305編成。

P9260667玉電時代の標準色、ペコちゃん塗りの301編成。

P9260659ライトブルーの302編成。

P9260660オレンジ色の309編成。以上が42分で一巡します。

P9260682撮り歩きには便利な一日乗車券があります。通年発売でお値段たったの330円。1乗車150円だから3回乗ればモトが取れてしまうという優れものです。ただし、下高井戸、上町、三軒茶屋の有人窓口でしか買えません。

2017年9月19日 (火)

近鉄八田の50年前と今

 なにやら大袈裟なタイトルですが、先月の15日、名古屋から東京に戻る日の午前中、ちょっと近鉄八田に寄り道したので、50年前にほぼ同じ場所で撮影したポジと比べてみました。

P8156578現代の近鉄八田。この付近は高架されていて、上下線とも副本線があります。

P8156579小雨模様だったので、電車が来る時だけホームの端に行ってシャッターを切ります。6連の急行の前2両は9000系、後ろの4両は2610系でしょう。編成の半分だけラッピングされています。

P8156582下り線を松阪行きの急行が通過。中川寄りの4連は転換クロスの5200系です。

P815658321020系(アーバンライナーnext)。2本だけでその後の増備はありません。

P8156586普通は20分に1本で、大部分は2連。しょぼいのは50年前と変わっていません。

P815658823000系(伊勢志摩ライナー)。回送なので待避線に入ります。

P8156594スナックカー+ビスタカーの8連。スナックカーはそろそろ先が見えてきたけど、ビスタカーはまだもう少し働かされるらしい。

P8156596急行なのに3連。所定の両数なのかは不明。

P8156585JRの八田は少し離れた位置にあります。昼間はほとんどが313系の2連ですが、いつの間にか転換クロス車になっていました。

P514477250年前(昭和42年4月)の八田です。ハーフ判のサクラカラーリバーサルなんで、画質が悪いのは目を瞑ってください。特急は11400系(新エースカー)の5連。先頭(画面左)は八田駅にかかっていて、普通が待避しています。

P514477311400系2連+ビスタB編成の5連。近鉄の特急車では、今でもこれが一番恰好いいと思う。

P5144774弥富~名古屋間のローカル。当時、1600系は最新形式だった。

P5144776まだ旧型車も健在。右は元伊勢電のモニ6221形。左は元関急のモ6301形か。ここは上り線側に側線があり、ラッシュが終わると普通車が留置されていました。

P5144777この頃の急行は5連が標準編成でした。電動車はモ6301形、モ6311形、モ6331形が主力。右から2両目は元伊勢電のク6471形。左から2両目は張上げ屋根なのでク6561形でしょう。

P5144770国鉄関西本線が並行しているのは今も同じ。C57が牽く名古屋行きの普通列車。

P5144771下りの普通列車。C57に続くオハネ17は工場出場車の回送のようです。

P5144775関西本線で唯一の特急だった「あすか」。名古屋~東和歌山(奈良経由)というルートは利用率が低く、この年の10月に廃止されています。

より以前の記事一覧