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カテゴリー「1/1 私鉄」の記事

2017年3月24日 (金)

いつまで走る? 都電7000形

 原鉄道模型博物館のOゲージは4月10日まで走りますが、都電(荒川線)の7000形はこの春で引退といわれながら、何日が最終日なのかという正式な発表がありません。そうこうしているうち、今日(24日)から3日間、7000形の引退を記念して特別塗色となった都バスが走るそうです。
 私が仕事上から得た情報では、2016年度に6両が7700形に改造され、4両が廃車となり、年度末にはまだ3両(7001・7002・7022)が在籍していることになります。

Pc160579ワンマン化される前の標準色になった7001。厳密にいえば旧車体の時の色なので、ウソ電ということになります。

P40607577022はワンマン化された時の塗色になっています。この時はまだ非冷房で、集電装置もパンタではなくビューゲルでした。

Pc160560実はもう1両、写真右端の7002も在籍しているはずですが、最近は目撃情報がありません。

P1043664こちらはVVVF制御に改造された7700形。2016年度内で予定されていた8両が出揃いました。写真の7705は7018からの改造です。色はこのほかにグリーンとエンジがあります。
 ところで昨日(23日)、交通局から7000形にヘッドマーク取付という発表がありました。対象となるのは7001と7022の2両で、7001は明日(25日)から4月末頃まで、7022は25日から6月上旬頃までとなっています。7002の動向が不明ですが、6月上旬まで7000形が生き延びることは確実です。

2017年3月13日 (月)

小田急、登戸駅のその後

 昨年8月15日のブログで現状をレポートした小田急登戸駅、約8ヵ月が経過し(実際の撮影は7月10日)、工事もだいぶ進展しているようなので、12日にまた様子を見に行ってきました。同じようなアングルからのカットは、上に現状、下に昨年7月を並べています。

P3124580

P7101796下りホームの小田原寄り。左にある緑の柵から先がなくなっています。赤丸で囲った信号機の位置は変わっていません。

P3124576

P7101799上りホームの小田原寄り先端から。線路を跨いでいる屋根で位置関係がわかるでしょう。

P3124563

P7101788下りホーム、アーチ屋根のある先端部。8ヵ月前には壁がありました。

P3124566壁のなくなったところから見てみます。手前にあったビルが立ち退き、1番線の線路となる橋脚ができました。

P3124570

P7101789ホーム中ほどから振り返ります。ホームは本来の幅に戻り、レールが敷かれていました。

P3124619

P7101795新宿寄りから中ほどを見る。仮ホームの出っ張りがわかります。

P3124608

P7101790新宿寄り。ホーム部分のレールはしっかり固定されました。その先はまだヘロヘロです。

P3124605下りホームは小田原寄りが削られた分、新宿寄りに仮ホームができています(これは昨年7月も同じ)。

P3124613_2その先端部は多摩川の堤防を越え、河川敷に達しています。

P3124598

P7101784改札口を出てみましょう。手前の稲生不動産と、そのとなりのビルが立ち退いたわけですね。

P31245851番線の線路が途中で切れているのがよくわかります。ここまでは小田急の工事ですが、線路の反対側でも区画整理が行われています。

P3124587線路際のビルが解体されていました。

P3124588自転車駐輪場も閉鎖。

P3124589この商業ビルもすでに閉店。

P3124591移転のお知らせ。

P3124592ちょっと老舗っぼい活魚料理の店。

P3124593開業して36年目だそうです。

P3124594ここは駅に通じるメインストリート。

P3124596オジサンがホイホイよってきそうな横丁もシャッターが降りていました。駅の周りを一回りしたところで時間は13時過ぎ。再び改札を入り、箱根そばで腹ごしらえしたのはいうまでもありません。

P3124626花粉も飛んでいるので早々に帰ろうと思ったのですが、光線の具合がよくなった和泉多摩川でちょっと運試し。幸先よくLSEが来ました。やはり小田急の特急はこの色です。

P3124631JRのE233系も珍しくなくなりました。

P31246338000形10連の急行。

P31246341000形4+4の各停。

P31246358000形+3000形の10連。3000形はワイドドア車です。

P3124638各停を3本見送ったあと、EXEαが来ました。列車名表示がなくなったのはどうなんだろうな。Hiseもなかったけど。お目当てが撮れたので、運を使い果たさないうちに引き揚げました。

2017年3月 4日 (土)

伊賀鉄道の新旧交代

 昨日のシグ鉄さんのブログで伊賀鉄道が取り上げられました。近鉄から移籍した860系がお気に入りだったけど、実際に見ることができなかったそうなので、私の手元にある画像を発掘してみました。

Dscf4382_2まずは近鉄時代のお姿。昭和40年10月の撮影で、当時の形式は820系でした。場所はまだ地平だった布施です。簡易複写でかなりトリミングしているため、画質が悪いのはご容赦。Mc-Tcの2連で、近鉄時代に4本が狭軌化されて伊賀線に転属。伊賀鉄道が発足した1993年に残り3本も転属しています。

P2107139私が伊賀鉄道を訪れたのは2012年2月。この年はCP+と神戸の鉄道模型とあそぼうの日程がかぶったので、9日は夕方の新幹線に乗って名古屋泊まり。10日は朝9時発のバスで伊賀市(駅名は上野市)に向かいました。駅裏の車庫の看板はご覧のとおり。車両の管理は近鉄に委託していたのです。

P21071222本残っていた860系のうち、ダークグリーンになっていた862編成に伊賀上野まで乗りました。画面右に電柱を引っ張るワイヤーがあり、広角で目一杯です。

P2107128

P2107130連結面の銘板。昭和36年製です。

P2107126ついでに関西本線のキハ120も撮っておきました。

P2107131発車まで時間があるので、車内も撮ります。昔の生駒トンネルに合わせて幅が狭い。

P2107117貫通路は広幅。

P2107133冷房化したので扇風機は撤去されています。三角断面の蛍光灯カバーの近鉄の特徴。

P2107116運転台。マスコンはオリジナルではないと思います。

P2107138上野市に戻って、グリーンとマルーンの並び。

P2107142マルーンの863編成は側面の銀帯が復活しました。ただし、本来のステンレスではなくアルミだったそうです。

P2107173反対側からも1枚。パンタが降りて、動く気配はありません。

P2107144台車は南大阪線の6800系から転用しています。写真はク763のKD23B。

P2107160駅の伊賀上野寄りに車庫があります。ピンクの忍者は202編成。建屋の中にいるのはまだスッピンの205編成。

P2107164中間車に運転台を新設したモ203。この編成は不動産屋がスポンサーでした。

P2107167新旧を無理矢理1枚の画面に収めました。左は204編成で、前面のラッピングはゆるキャラの「ふくにん」。

P2107177走行写真を撮るため桑町に移動します。862編成が来ました。この鉄橋は駅の北側(上野市寄り)にあり、南側は名阪国道が通っています。

P2107179青忍者の201編成。

P2107182204編成の側面。天然温泉「芭蕉の湯」がスポンサーです。これで線路に乗っていた編成は全部撮りました。次の電車で伊賀神戸に出て、近鉄で大阪に向かいます。

2017年3月 2日 (木)

東武鉄道、ダイヤ改正で快速・区間快速を廃止

 数日前、東武鉄道から4月21日に実施されるダイヤ改正の概要が発表されました。すでに特急関係は1月中に発表されていて、今回は特急以外になります。その中で、覚悟はしていたけど、ついに来たか、というのが快速と区間快速の廃止です。

P7204810これがその快速。かつてはほぼ1時間に1本運転されていましたが、現在は2時間に1本、それも朝の一部を除いては区間快速です。

P7319822浅草駅ホームの乗車案内。東武で一番長距離を走る列車です。

P7319827快速に使用される6050系の車内。国鉄の急行形みたいなクロスシートは、今やこれと西武鉄道の4000系くらいでしょう。

P7319828会津といっても会津田島までです。それでも浅草から乗り通すと3時間半くらいかかります。

P7319846下今市では東武日光方面との分割・併合があります。

P7319876快速だけではなく、普通にも使われます。これは会津野岩鉄道所有車。ダイヤ改正後も南栗橋~東武日光(一部、新藤原)間に急行・区間急行が設定されるので、6050系もまだしばらくは残るのでしょう。しかし、6000系の足回りを流用した6151~6172までは、早晩、廃車が予想されます。

Pb257485霜対策用の2個パンタ編成。3月に入ると前パンは使用停止かな。いずれにせよ、都内で撮影できるのはあと1月半くらいです。

2017年2月16日 (木)

東武のリバイバルカラー(2番煎じは緑亀)

 昨年の3月、東武鉄道はリバイバルカラーの一環として、8000系の2連1本をオレンジに黄色帯に塗り替えました。これが好評だったことに味を占め、本日(16日)からその第2弾として緑に白帯が登場しました。この色は試験的な4種類の塗分けのひとつで、正式採用にはならなかったから、覚えている人は少ないでしょう。
 朝飯をすませてから東武鉄道のホームページを確認してみると、13時半頃から亀戸駅2番線で出発式を行うということで、朝から走っているのではないらしい。それなら焦ることはないとゆっくり家を出たら、中央線快速が人身事故で運転見合わせ。各停で居眠りしつつ、12時頃、亀戸に到着しました。

P2164507

P2164508改札口にはこんなポスターが出ていました。緑色で亀戸線を走るから緑亀なんだって。

P2164510亀戸線は朝ラッシュ時以降、2本で10分ごとの運転。1本は昨年4月に登場したオレンジに黄色帯でした。朝の運用を終えた1本は昼過ぎに春日部へ回送されるので、それと交代に緑亀が送り込まれてくるはず。それを先撮りするため、曳舟で待機します。

P2164521待っているうちにプユマ号塗色の200系だとか、

P2164522天望歌舞伎号が通過していきました。

P216452413時頃、春日部支所に戻る8000系が通過。しばらく上り線を逆走し、カーブが終わってから下り線に渡ります。

P2164528それから約10分後、緑亀がやってきました。ふ~ん、こんな色だったのか。実際の試験塗色車の帯は、白ではなくクリーム色だったそうです。

P2164529本線から亀戸線に入りました。私も次の電車で亀戸に戻ります。

P2164534亀戸駅2番線ではささやかなセレモニーが行われていました。地元の幼稚園児が30人ほど招待され、曳舟までを1往復します。テレビ局の取材も入っていましたが、鉄業界のカメラマンは見かけませんでした。

P216454013時58分に発車。ホームの端で構えていた鉄は10数人でした。

P2164541次の電車に乗り、東あずまで待機。ここは時刻表上では上下列車が同時発なので、緑亀が右の8000系と差し替えられれば、リバイバルカラー同士の並びが撮れるはず。

P2164542曳舟は1面1線だから、すぐに戻ってきます。なんとか影に入らず、2連が収まりました。しかし、その後運用が一回りしても緑亀は姿を現しません。

P2164549亀戸に戻ってみると、回送の表示で止置きされ、今日はもう動きません。明日の朝ラッシュなら確実にオレンジ、緑、標準色の競演になるけど、そろそろ真面目に原稿書きしないと、尻に火が付きます。

2017年2月 5日 (日)

東急、旧型車の最期

 この1週間、自宅に蟄居状態だったので、外ネタがありません。こういう時は古い画像を発掘ましょう。これなら当分ネタ切れの心配はありません。無差別に取り出したのは1989年3月14・16・17日とメモ書きされているポジ。全滅を目前にした東急の旧型車が写っています。なお、画像はコンデシをマクロモードにした手持ち複写のため、水平の狂いや手ブレがあります。

Dscf4258グリーン一色だった旧型は、末期に3本が青と黄色の塗色に復元されました。場所は奥沢。ちょっと小雨模様の天気です。手前から3452-3457-38××。デハは2両とも日車製です。基本編成は3452-3451-3861なのですが、塗色変更の時に差替えられているようです。

Dscf4262下丸子あたりだと思います。田園風景らしい場所を狙いました。

Dscf4259目黒の目蒲線改札口。

Dscf4261到着する3515-3365-3516。昼間の発着は1番線だけだったようです。

Dscf4263やはりこの顔の方が電車らしい。3474-3374-3473。

Dscf4267目黒から不動前への40‰勾配を下る3452編成。

Dscf4266目黒に向かう3454-3465-3858。

Dscf426916日はまぁまぁの天気だったようです、奥沢でじっくり構えました。3511-3251-3512。

Dscf42703452編成。当時は池上線配置でしたが、最後ということで、目蒲線で走らせたのでしょう。

Dscf42713483-3497-3853。

Dscf4272もう1本の復元塗色編成は3472-3375-3471。3472は事故で全金製車体に振替えられた異端車です。

Dscf4273ちょっと移動して東横線の自由が丘~田園調布間。この頃は9000系が最新形式でした。

Dscf42748590系。

Dscf4275日比谷線直通は1000系。

Dscf4276こんなのも来ました。

Dscf4277営団車は03系です。

Dscf4278奥沢に戻ります。3452編成は入庫していました。

Dscf4280別の角度から。上の写真とは日が違うようです。旧塗色編成の先頭は3484ですが、続く2両は不明。本来の編成表では3484-3457-3866なのですが、3457は3452と組んでいます。

*旧型車は1989年3月20日と31日付けで大部分が廃車になり、同年4月1日現在で3472編成のみが予備車、他に7両が休車で在籍。このうち、デハ3655とクハ3861が十和田観光電鉄に譲渡されます。

2017年1月16日 (月)

西武鉄道安比奈線を歩く(その2)

 いよいよ核心に迫ります。

P1133730場所を特定しやすいよう、地図はもう一度載せておきます。線路は入間川の右岸に達し、終点付近の地名が安比奈新田。線名はこれに由来します。ただし、地名は「あいな」、線名は「あひな」です。

Pc213492G地点は雑木林の入り口。落ち葉に覆われていますが、線路は矢印の方向に伸びています。

Pc213495半世紀の間に樹木が生長し、建築限界をオーバーしています。

Pc213498H地点。池部用水橋という10mくらいのガーダー橋で、下の用水は干上がっています。2009年にこのあたりがNHKのドラマ「つばさ」のロケに使われ、木製の手摺りはその時に取り付けられたとのこと。レール部分にはゴムシートも敷かれていますが、下の枕木が朽ちているので、不用意に歩くと踏み抜く恐れがあります。2009年以前のレポートを見ると、用水はかなり汚い水が溜まっていたようです。

Pc213501だいぶ入間川に近づいてきました。レールはこの先で緩く左にカーブして、八瀬大橋に突き当たります。

Pc213502入間川を渡る八瀬大橋。

Pc213504I地点は橋の上、厳密には取付道路の部分になり、線路はここで切れています。橋ができた当時はまだ線路はつながっていて、取付道路の位置変更により、どーせ使っていないんだからと、邪魔になる部分が撤去されました。

Pc213506上と同じ位置からJ地点方向を見る。赤線のように線路が続いているのが確認できます。

Pc213507橋の途中からは河原に降りられないので、南側を大回りしました。このあたりは西武建材の用地らしく、時折ダンプカーが出入りしています。一応、立入り禁止の立て札はありますが、ダメモトで行ける所まで進んでみます。

Pc213508一見、線路跡みたいだけど、これは×。橋の向こうからの位置が合いません。

Pc213511さらに歩くこと数分で線路を発見。地図のK地点から八瀬大橋方向を見ています。

Pc213512橋の方に戻って、K地点とJ地点の中間。右側はモトクロスの練習場になっています。

Pc213513上の位置から振り向いてK地点方向を見る。前方を水道管の橋が横切っています。

Pc213540橋の袂のJ地点。線路を辿っていれば、橋の下をくぐってこちら側に来られたようです。

Pc213515Kの地点からL地点方向を見る。線路は真っ直ぐ竹藪に向かっています。

Pc213517L地点に近づきました。

Pc213520草に埋もれたポイントを発見。しかし、二股に分かれた先に大きな木が。50年あまりでこんなに成長するのだろうか。

Pc213523竹藪を迂回した先がM地点。幅の揃い架線柱が2基残っていました。このあたりから砂利積込みの線路が広がっていたのでしょう。記録によれば機関車はED14が入っていたそうです。

Pc213525その先にひとつだけ、コンクリートの橋台のようなものが残っていました。

Dscf4081この写真はネコ・パブリッシング発行のRM LIBRARY 30 所沢車輌工場ものがたり(上)から転載しました。採取した砂利は600mmゲージのトロッコで運び、ここで安比奈線の貨車に積み替えていました。橋台らしきものはおそらく写真の赤丸部分なのだと思われます。

Pc213526その先もまだ架線柱が残っていますが、草ぼうぼうで近づくのは無理。

Pc213529この付近は地面の凹凸が激しく、レールはほんの一部しか確認できません。

Pc213533再び藪が広がるN地点。架線柱が木に同化しています。この先にそれらしいものは見当たらないので、探索はここまでとします。南大塚から歩き始めて約1時間50分。線路のキロ程は3.2kmですが、迂回したり行きつ戻りつしたりでその倍近くは歩いているでしょう。

Pc213547その1で出し忘れた写真。架線柱のアップです。普通はアングル2本を合わせて柱を挟むようにするのですが、これはアングルが1本。簡素化の極地です。

Pc213541これから現地を歩いてみようと思う方へ。
1.履き物はスニーカー、トレッキングシューズなどに限る。革靴、サンダルなどは絶対に無理。
2.D地点から先、商店はおろか道端に飲み物の自販機すらありません。この時期でも最小限の飲み物は用意した方がよいでしょう。
3.八瀬大橋付近まで行ける路線バスはないようです。流しのタクシーもまず見つかりません。帰りも自分の足で歩くことを覚悟してください。
4.夏になると草が生い茂り、線路跡は非常に歩きにくくなります。行くなら春先までがよいでしょう。
5.八瀬大橋南の交差点角に写真の「武蔵野うどん」があります。私も帰りにここで腹ごしらえしました。味はまぁ及第点です。200円で天麩羅各種食べ放題というドリンクバーみたいなメニューがあるので、素うどん(400円)にこれの組合わせるのが一番賢い食べ方です。

2017年1月14日 (土)

西武鉄道安比奈線を歩く(その1)

  西武鉄道にはもう半世紀以上も休止のままになっている路線があります。といえばちょっと訳知りの方なら「ああ、あれか」と思い当たるでしょう。そのあれとは、新宿線の南大塚から分岐している
       安比奈線  なのです。
 安比奈線は入間川で採取した砂利を運ぶため1925(大正14)年2月に開業し、1963(昭和38)年に休止となっています(砂利採取が禁止されたのは1967年なので、それまで営業していたという説もあり)。しかし、将来の車両増加を見越し、終点付近に車両基地を作る計画があったために廃止とはならず、現在に至るまで「休止」となっています。
 なかば忘れ去られた安比奈線ですが、昨年2月、西武鉄道は安比奈の車両基地建設計画を中止すると発表。こうなると安比奈線を存続させる意義はありません。ウィキペディアでは早々に「休止期限が切れる11月30日付けで廃止された」と書き換えられています。
 だが、しかし。西武鉄道の発表はあくまで車両基地建設計画の中止であり、安比奈線の廃止については一言も触れていません。2月以降のニュースリリースを見ても、安比奈線を廃止しましたという項目は確認できていません。まぁ、正式な廃止は時間の問題と思いますが、このブログではまだ休止中という扱いにしています。
 ということで、正式な廃止になる前に現状を見ておこうと、12月21日、野方から新宿線に乗り、現地へと向かいました。

P1133730まずは安比奈線の概略から。図はちゃんとした地図をトレースしているので、方位、距離はほぼ正確です。右下が西武新宿線の南大塚、左上が入間川で、赤線が安比奈線。〇囲みのABCD~Nは写真の撮影位置を示し(文字が細くて見にくいですが、少し拡大できます)、緑の部分は雑木林です。

Pc213443南大塚到着。次は終点の本川越です。

Pc213448橋上駅の通路から本川越方向を見たところ。右端が新宿線、安比奈線は左にカーブして赤線のように線路が続いています。

Pc213449駅前の案内板には安比奈線が書き込まれています。×が終点と思われる所。左上の〇囲みが入間川を渡る八瀬大橋です。

Pc213441下りホームから見たところ。右側の広がった部分は留置線だったのか。

Pc213456上の写真の道路から。架線柱は片持ちの木柱(右側)で、老朽化で倒れるのを防ぐため、左側にコンクリートの柱を建てて支えています。

Pc213454同じ位置から駅方向を見る。ここに見えているレールは本来の安比奈線にはつながりません。保線用の資材置き場などとして使われていたのだろうか。

Pc213458A~B地点の中間あたり。だんだん線路敷が狭くなる。

Pc213460B地点で国道16号線を横切る。

Pc21346316号線から南大塚方向を振り返る。

Pc213465C地点手前で入間川街道と交差。16号線からC地点方向を見る。この先しばらくは架線の名残が見られる。

Pc213467C地点のあたり。線路敷は複線分のように見える。

Pc213470線路内は一部が畑になっている。「耕作するな」という立て札はない。

Pc213471D地点まで来るとだいぶ周囲が開けてくる。市街地らしいのはこのあたりまで。線路は入間川の手前までほぼ直線が続く。

Pc213472水路を2本跨ぐ。右が赤間川で幅は狭いが水深はそこそこある。*地図は手前の橋が川からずれています。

Pc213473枕木は見事に朽ち果てている。ここを渡るのは止めておいた方がよさそう。

Pc213556次の橋梁は2連のガーダー。奥に方に細い水路があるが、昔はもっと川幅があったのかも知れない。

Pc213478D~E地点の中間あたり。踏切部分に一応の柵はあるが、線路内へは自由に出入りできる(本当はダメなのか)。

Pc213479上の写真の踏切を渡った先。レールはかなり落ち葉で埋まっている。本来の木製架線柱は朽ち果てたのか、コンクリートの柱だけが建っている。

Pc213480細い水路を渡る。このくらいの幅だと、もともと桁はなかったのだろうか。

Pc213484E地点は架線柱がなく、最も周囲が開けている。線路は枯れ草に隠れているが、境界標でその存在がわかる。

Pc213489F地点は道路が並行する。赤囲みはレールの上に角材を渡し、踏切代わりになっている。

Pc213546同じ位置を反対側から。雰囲気が名鉄美濃町線の上芥見付近と似ている。
*その2に続く。

2017年1月12日 (木)

東武鉄道、事業用車の色いろいろ

 事業用車というタイトルですが、実際にはマルタイやレール運搬用のモーターカーなどのことで、大体どこの鉄道会社でも車両ではなく機械扱いになっています。この手の車両(表現がややこしくなるので、便宜的に車両としておく)はどちらかといえば地味な色が多く、せいぜい黄色系統の警戒色が入っているくらいです。ところが、東武鉄道の場合は特に決まった色がないようで、これは〇〇系に似てるな、という塗色がいくつか見られます。

P9025371黄色は警戒色として妥当な選択でしょう。後ろのレール運搬用車はグレー系で、これも無難な色といえます。

P7083411これは誰が見ても8000系の配色です。

P7083412何の用途なんだろうか。

Pb183126本家のスペーシアにこの色はなくなっているので、オリジナル塗色を偲ぶ貴重な存在。

P9025375ステンレスの10000系、20000系、30000系を意識しているのでしょう。

P609539450090系と同じ配色。こうして見ると、その時々の代表的車両に合わせているようです。どうも東武鉄道は色を統一しようという意識が薄いようで、駅ホームの柱なんかもさまざまな配色が見られます。

2017年1月 5日 (木)

名鉄美濃町線1992(その2)

  そこそこの反応があった名鉄美濃町線、味をしめたわけではありませんが、一緒にスキャンした画像で路肩軌道が出てくるカットなどをもう少しご覧ください。新関から岐阜方向に辿っていきます。

Img_0009a新関から四つ目の白金は交換可能。新関方面のホームで、後ろの建物は駅舎ではなく、普通の民家です。

Img_0011a新関行きが到着。

Img_0012a反対方向から新岐阜行きが到着。この当時は15分ごとの運転でした。

Img_0015a白金~上芥見間の路肩軌道。電車はこちらに向かって走る新関行きです。

Img_0016a反対側から後追い。ここは軌道内が舗装されているので、車が擦れ違う時は軌道内に入れます。

Img_0017田圃の中から1枚。

Img_0033上芥見の電停付近。

Photoよそ者は見落としそうな上芥見の電停。

Img_0031昼間はほとんど乗降客はありません。この次の下芥見は交換設備があり、朝晩は新岐阜方面からの折り返し列車があります。

Img_0037岩田坂のあたりは道路と並行する専用軌道です。歩道橋から新関方向の遠望。

Img_0036新岐阜方向は緩くカーブしています。

Img_0034岩田坂のホーム。斜面の石垣が派手にペイントされています。

Img_0035階段部分はモ880形を表しています。

Img_0001a交換設備のある日野橋。平日の朝は続行同士の交換が見られます。先行列車の前面左窓下に黄色い〇の続行標識が掲げられています。

Img_0006a画面奥は徹明町行き、手前が続行の新岐阜行き。日中も30分ごとに徹明町~日野橋間の列車があり、競輪場前~日野橋間は新関系統の続行となります。

Img_0038併用軌道の野一色付近。日野橋行きの続行車です。
 まだポジはこの数倍ありますが、ひとまずこれまで。

より以前の記事一覧