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カテゴリー「1/1 国鉄・JR」の記事

2017年6月21日 (水)

姿を消す、千駄ヶ谷駅臨時ホーム

 タイトルどおりの内容です。最近、原宿駅がリニューアル中で、外回りの臨時ホームは工事の真っ最中です。その原宿からほど近い中央線の千駄ヶ谷駅にも、下り線に臨時ホームがあったのです。

P1193835これは今年の1月19日に撮影したもので、最後部(信濃町寄り)から代々木方向を見ています。首都高と下り線の間に屋根のないホームがあり、手前はすでに取り壊されています。このホーム、かつては初詣とかメーデーの時に使用されていましたが、もうここ10年以上、使われていません。ついでにいえば、信濃町も下り線に臨時ホームがありました。駅のリニューアルの時に撤去され、よく見ると下り線の外側になんとなく不自然な空きがあるのに気付きます。

P6165991ほぼ同じ位置から6月16日に撮影。このあたりはホームの跡形もありません。

P6165988少し代々木寄りから振り返ってみます。

P6165987ホームの中ほど。左が改札口になります。

P6165983_2その先に行くと、まだホームの骨組みが残っています。左端が改札口への階段でした。

P6165978代々木寄りの先端部。臨時ホームにしては、かなり骨組みがしっかりしています。JR東日本の6月8日付けプレスリリースによれば、臨時ホームの跡には新たに下り線専用のホームが新設されるそうで、2020年のオリンピック前に完成を見込んでいます。

2016年12月13日 (火)

初日の特急「あずさ」

 昨日、12月12日はちょうど半世紀前の昭和41(1966)年に特急「あずさ」が運転を開始した日なのです。すでにOER3001氏が上り一番列車到着の模様をアップされていますが、あの場所には私も居合わせていました。その前の下り一番列車が出発するシーンも撮っているので、早速ネガを探し出し、スキャンしてみました。

196612_00065番線に据え付けられた下り第一あずさ、案内表示は「あづさ」になっています。当時の新宿駅は1・2番線が中央本線の列車、3・4番線が快速上り(3番線は朝ラッシュ時のみ)、5番線が中央本線列車、6番線が快速下り、以下、中央・総武緩行と山手線が7~10番線となっていました。
 本来なら1・2番線発着としたいところですが、朝ラッシュ時の2分隔間で走る快速上り線を横切るわけにもいかず、狭い5番線からの発車になっています。

196612_0009ホームの天井にも飾り付けがありました。

196612_00055番線の先端は、あまりよいポジションがとれません。

196612_0001ならばと4番線に移動します。上り快速は3番線、4番線の交互発着なので、4分毎に被られる確率ですが、なんとかテープカットのシーンを撮れました。

196612_0010発車してゆく「あずさ」。線路に降りているのは報道関係者だけではないようです。この下り一番の「あずさ」は甲府の先で踏切事故に遭い、その先は165系で代行運転となりました。

Img_0005数時間ほど暇つぶしをして、上りの一番列車を迎え撃ちます。こちらは前面がだいぶ賑やかです。

Img_00041番線に到着。朝と違ってカメラを向ける人は10人くらいでした。

Img_0003そのうち線路に降りて撮り始めた人がいたので、私も真似をして…。50年前だから時効ですね。駅員もいたけど、なにも言われませんでした。

Img_0014もう1枚撮ってホームに上がります。降りるのは簡単だったけど、上がるのは一苦労でした。

Img_00101・2番の装飾はあっさりしています。

Img_0020東口コンコースに据付けられた装飾。上諏訪温泉観光協会がスポンサーです。

Img_0019駅の外にもこんな看板が出ていました。なんといっても中央本線で初めての特急です。車両は使い回しとはいえ食堂車も付いていたし、これでやっと中央本線も1人前になったなぁという気がしました。

2016年11月22日 (火)

品川~田町間の線路付替え

 先週末の19・20日は地下鉄銀座線だけでなく、JRでも品川~田町間で東海道本線上り線の線路付替えが行われました。実際には19日の14:20頃から20日の6:00頃まで、東京~品川間が完全運休になりました。この間は山手線、京浜東北線、横須賀線が生きているので、特に代替ルートを設定しなくても混乱は起きなかったようです。

Pb223134本日(22日)、付替えられた線路を初乗りしてきました。品川駅の5・6番ホーム。19日まで上りは手前の5番線から発着していました。今は6番線からの発着になり、5番線の先端部分には行けません。

Pb223138田町寄りを見てみます。まだ架線は残っていますが、信号機(赤丸の所)は×で覆われて使用停止です。

Pb223141ホームに降りる階段。5番線の表示はなくなっています。

Pb223139ホームの発車案内。早朝の地震の影響で、まだダイヤが乱れていました。

Pb2231426番ホームの田町寄り。大きく右にカーブしています。

Pb223149川崎寄りを見てみます。カーブしているあたりからが新設された部分です。

Pb223145左が今までの5・6番ホームの先端部分。画面の正面は田町電車区の留置線が並んでいた所です。

Pb223146上り列車を見送ります。

Pb223153次の列車に乗って先頭にカブリ付きます。ガラスが汚れているのは目を瞑りましょう。

Pb223154常磐線の列車が発着する7・8、9・10番ホームからの線路が右から合流します。

Pb223156しばらくは直線が続きます。新駅ができるのはこのあたりか。

Pb223157右側の留置線は昔の品川客車区で、月見群線と呼ばれています。285系「サンライズ」もなんとなく肩身が狭そうです。
Pb223159左はかつての東京機関区。ゴハチやロクゴが並んでいました。

Pb223161そろそろ田町も近くなって、新幹線の車両基地への高架線も見えます。

Pb223163ここで本来のルートに戻ります。矢印の線路が19日までの上り線でした。実はこの区間、上野東京ラインの開通時から、品川発着の常磐線列車は旧田町電車区の東側を走っていました。ただし、何度か部分的な位置の変更はあったようです。

2016年11月 1日 (火)

バスで関西往復(その2:103系追跡)

 鳳で腹ごしらえしたら快速で天王寺に戻ります。阪和線の快速はクロス車が原則ですが、関空対応なので片側は1人掛け、当然、扉脇の補助椅子もなく、座席数が少ないのが難点です。

Pa272795天王寺では駅の外に出て、阪堺電軌の様子を見てみます。線路関係はほとんどできあがっていました。軌道の両側に縁石があるので、実質的に専用軌道です。

Pa272811天王寺からは関西本線に乗車。擦れ違う普通は全部201系です。乗ったのが快速の高田行きだったので、そのまま高田まで乗り通します。王寺から高田までは和歌山線だったのですね。私はてっきり桜井線だと思っていました。ここで10分ほどの接続で桜井線経由の奈良行きに乗換えます。クモハ105-518-クハ105-8の2連で、クモハは2個パンタです。列車は和歌山~奈良間をロングランして、1時間に1本の運転。高田では進行方向が変わります。

Pa272821畝傍で最初の列車交換。Mc、Tcとも集中式クーラーなので、よく冷えそうです。

Pa272823次の交換は柳本。ここは奈良~桜井間の列車が加わり、1時間に2本となります。車両はクハが分散式クーラーなので、クハ104-551-クモハ105-517と特定できます。

Pa272832小一時間ほどで奈良に到着。1本おいたホームに奈良線の103系が到着しました。NS405編成で先頭はクハ103-186。

Pa272838乗ってきた105系が発車するところを1枚。完全な逆光なので、補正してもこの程度です。簡易冷房なので屋根上はすっきりしています。

Pa272840高架になった奈良駅の改札外に出るのは初めてです。柱や天井が寺の本堂みたいな造りになっています。

Pa272844昼飯用のパンを買い込み、ちょうど止まっていた221系のみやこ路快速に乗車。奈良~城陽間は快速と普通がそれぞれ30分ごとなので、撮影には少々効率が悪い。快速で城陽まで行き、その先は普通でロケハンすることにします。次の普通が来るまでの待ち時間に城陽で1枚。クハ103-246先頭のNS413編成です。

Pa272846

Pa272849_2城陽の次の新田が光線の具合もよかったので、ホームから奈良方面行きを狙います。上はNS409編成のクハ103-226、下はNS407編成のクハ103-216。近ナラの103系は体質改善40N車がなく、クハはすべて低運転台なので、国鉄時代の雰囲気が感じられます。

Pa272852昼間の運用はこんなものなので、次の103系に乗って京都に向かいました。戸袋窓がなく、シートの色が違いますが、ほぼ新製時のままです。

Pa272863京都からは新快速、関空/紀州路快速と乗継ぎ、もう一度阪和線を狙います。定番の浅香は若いのが群がっていたので、上野芝に変更しました。これは287系の「くろしお」。なんとも捉えようのない前面です。やはりこの部分にはヘッドマークが欲しい。

Pa272865

Pa272870写せた103系は2本。上はクハ103-842先頭のHK606編成、下はクハ103-148先頭のHK605編成。改造冷房車はだいぶ残り少なくなりました。2009年の時にはラッシュ時専用みたいだった6連が、昼間もかなり動いています。
 陽が低くなったので撮影は切り上げ、103系で熊取まで乗ってみました。しかしまぁ、快速の方が本数が多いのでやたら待避時間が長い。おまけに快速との接続タイミングを調整するためなのか、快速が発車しても暫く止まっています。帰りも103系に乗ったものの、あまりにもかったるいので、和泉府中から快速に乗換えました。

Pa272900暗くなった天王寺で103系、225系、223系の並びを写し、本日の撮影の締めとします。それにしても、もう天王寺の阪和線ホームから発着する特急は1本もありません。時代の流れといったらそれまでですが。

Pa272907しかし、駅そばはまだ健在です。ただし、「天王寺うどん」ではありません。JR西日本フードサービスネットが運営する「麺家」になっています。従来の業者を追い出すのはJR東日本のNREと同じケースですね。

2016年10月30日 (日)

バスで関西往復(その1:103系追跡)

 関西合運から1月ほどですが、また関西に行って来ました。

Pa293035そのきっかけはこれ、JRバスがグランドリーム号のデビュー2周年を記念したキャンペーンで、座席のランクや曜日に関係なく、夜行6000円、昼行4000円というお値段は見逃せません。まぁ、流石に往復とも昼行は時間が惜しいので、往きは夜行、帰りは昼行としました。

Dscf3869往きは東京駅22:20発のグランドリーム15号。西日本JRバスの車両ですが、会社のシンボルカラーが入っていないので、パッと見には所属がわかりません。水曜(26日)発のせいか、乗車率は7割弱くらいでした。
Dscf3873途中2箇所の休憩のうち、土山SAは満車のため、少し先の甲南PAに変更になりました。こちらは規模も小さく、使えるのはトイレと自販機だけです。道路の渋滞もなく、大阪駅には所定の6:28より約25分の早着でした。
本日の予定は阪和線と奈良線の103系を撮りまくること。状況によっては和歌山まで行くかもしれないので、秋の関西1デイパスを買いました。

Pa272744_3天王寺から阪和線の各停で堺市に向かう途中、鶴ヶ丘で快速を待避する間に最初のショット。時刻は7:14、クハ103-831を先頭としたHJ406編成です。なお、車号、編成番号などは鉄道ファンの2016年11・12月号を参考にしています。

Pa2727497:30頃、堺市から三国ヶ丘寄りに徒歩数分の金岡第2踏切に到着。ここは2009年に阪和線特集の取材で来たので勝手がわかっています。すぐあとから地元の若い「鉄」がきたので、いろいろと話しを聞きながらの撮影になりました。以下、上りの103系はすべてアップします。クハ103-835先頭のHK606編成。6両すべてが体質改善N30で揃っています。

Pa272753クハ103-844先頭のHK608編成。これも体質改善N30の揃い。

Pa272758クハ103-829先頭のHK605編成。前3両は体質改善N30、続く2両は同N40、最後尾は延命NAです。

Pa272769クハ103-265先頭のHJ405編成。両端のクハは延命N40の黒サッシです。

Pa272779クハ103-193先頭のHJ408編成。近ヒネから近ナラに転属したが、現在は阪和線で使用し、所属標記も近ヒネになっています。9時近くで陽も射してきましたが、前面はかなり潰れてしまうので(写真は修正すみ)、そろそろここは撤収。この間に撮影した103系以外の車種もざっと紹介しておきます。

Pa272772281系の「はるか」。朝の2本は付属編成を連結した9連です。

Pa2727603両しかいないクモハ281。

Pa272780「しらさぎ」用の683系を直流専用に改造した289系。先頭はクハ289-3514。

Pa272768快速の223系2500番代。最近は4連で普通にも使用しています。

Pa272766103系追放のため増殖中の225系。写真は最新の5100番代で、6連のため普通列車専用になっています。

Pa2727716連の205系は東海道本線からの転入車。前面青帯の下の細いオレンジのラインが追加されています。阪和線専用の1000番代は出てきません。

Pa272784クモハ103を見るため鳳に移動。この日は予備のHL102編成が動いていました。最後尾はクモハ103-2503。

Pa272782体質改善N40て揃った4連。和歌山寄り先頭はクハ103-256で、鉄道ファン11月号では6連のHK609編成となっています。抜かれた中間の1ユニットは廃車か。

Pa272889撮影が一段落したところでエネルギーを補給します。鳳の駅中にお誂え向きのそば屋がありました。麺家という屋号で、JR西日本の直営らしい。

Pa272785そばは二八ではないけど5割そばということで普通の駅そばと差別化を図っています。その分、450円というかき揚げではやや強気の値段でした。刻みネギと極薄の蒲鉾が入っているのが関東と違うところ。そばは明らかに違いがわかるというほどではありません。

*長くなるので(その2)に続く。

2016年10月 1日 (土)

関西本線のDD51

 名古屋での一夜が明けた9月26日、本日の狙いはDD51とEF64なんですが、まずは関西本線でDD51を撮りまくり、時間が余れば稲沢あたりでEF64もと考えました。

Dscf3691今日は撮り鉄なんで、しっかりとエネルギーを注入しておく必要があります。しかし、駅地下の飲食店はまだ開店していなくて、結局、ホームできしめんとなりました。この店、注文があってから揚げ物を揚げるのはいいとして、イカ天きしめん520円はちょっと高めの値段設定です。あつあつのイカ天はうまかったけど。

P9262282関西本線の貨物列車はコンテナ、石油、セメントの3種があり、セメント列車は富田~四日市間のみの運転。土地勘もないので、取り敢えず本数が稼げるこの区間を狙ってみます。乗った電車は8:44発の四日市行き307M、クモハ313-1313というおもしろい車号でした。313系でもワンマン仕様なので、運転室仕切りに運賃表と料金箱が付いています(写真は非ワンマンの状態)。

P9262284八田付近の高架線で近鉄をぶっちぎり!。 といっても相手は回送でした。

P9262285弥富の手前に信号場があり、ここで上りの快速みえを通すために数分停車。

P9262286弥富は上りホームが名鉄と共用です。当然ながら駅名標は表と裏でデザインが異なります。

P9262290富田に到着。お~、いたいた。セメント列車の先頭に付いているのはDD51 1802。冨田9:37発の5363レです。

P9262293跨線橋の上から1枚。こういう時、チルト式の液晶は便利です。

P926229653635363レは10分ほどで発車なので、駅から2つ目の踏切まで歩いて待ち構えます。このカマは今日1日、富田~四日市港間を行ったり来たりしていました。

P9262299富田に戻ると東藤原に戻るホキ1000の列車が待機していました。この列車、関西本線は夜間しか走りません。

P9262302三岐の貨物列車は大部分が重連です。左がED455、右がED451で、車体裾の丸みの有無、モニターの大きさが違います。ED451は自社発注、ED455は富山地方鉄道から譲り受け。どちらも台車はオリジナルではありません。

P9262315次の下り電車を待っている間に下りのコンテナ列車(2085レ)が到着。なんとも撮りにくい位置に止まりました。カマはDD51 889。

P9262330仕方なく、コンテナ車のブレーキ装置なんぞを激写します。

P92623412085レが出発したあと、上り線をこんなのが通過して行きました。キハ11だから名松線か参宮線の運用車でしょう。

P9262346四日市に着いたのは10時半過ぎ。駅手前(名古屋寄り)のカーブがよさそうですが、上下線の間にロープが張ってあるのがどうも…。このDE10は愛知機関区への戻りらしい。手前の線路は石油基地への引込み線。

P9262348電車は朝夕に211系も入るけど、日中はこれだけ。まぁ、2個パンタなのでそこそこ絵になりますが。

P92623495362四日市11:02発の5362レ。カマは先ほどのDD51 1802です。下り側ヤードから出発なのでクネクネとポイントを渡って行きます。

P9262352毎時1本の快速みえ。2両と思っていたら4両で来たので、ケツが切れました。

P92623585282関西本線のハイライトはタキ10000を連ねた石油列車。これは11:30頃発車の5282レで、カマはDD51 1028+DD51 853。DD51 853はは数少ない原色車です。個人的には窓回りが黒い更新車も悪くないと思ってます。
 ここで地元のファンに聞いた話しでは、タキ14両までは単機、それ以上は重連になり、有効長の制約から18両までだそうです。この列車は16両でした。

P9262361これも地元の人しか知らないキハ25の回送。下りホームから発車し、上り線に渡って行きます。

P926237012:04発のワイドビュー南紀4号は、上りホームに四日市折返しの普通が入っているため、下りホームから発車します。右端に待機しているのは12:44発の2080レ。

P9262372本日の南紀は7分くらいの遅れ。到着前から踏切りは閉まったままでした。下り線から上り線に入るところです。気動車はどうしても車体が汚れますね。

P9262374208912:25、DD51 875が牽引する下り2089レが到着。

P9262376待機している2080レがトロトロと動き出しました。あれ、早発かと思ったら、数分してまたもとの位置まで後退。起動試験だったのだろうか。

P9262385208012:44、2080レ出発。カマは先ほど2085レを引いてきたDD51 889です。

P9262388この列車は後ろにコキ200が連結されています。確か鹿島臨海に入るやつじゃないかな。

P9262391536512:47着の5365レ。これは2080レと被る確率が高いそうですが、今日は南紀の遅れのおかげで適度な時間差になりました。

P926239320分ほど前、石油基地に向かったDE10が、タンカーを引いて戻ってきました。

P926239813:28着の79レ。シャッターを切るのが早すぎて、これでは重連なのがわかりません。

P926239979はい、このとおり、DD51 892+DD51 1803の重連です。

P92624005380構内ではDD51 1801が入換え中。これは14:15発の5380レになります。

P92624105364セメント、コンテナ、石油とひととおりの列車が撮れたので、ホームに戻ります。13:33発の5364レは上り側のヤードに据付けられていました。

P9262409タキ1000043000の形式写真も押さえておきます。

P9262412構内の外れにいたDD51 891は望遠で引きつけます。

P9262417先ほどの79レを引いてきたDD51 1803とDD51 892。DD51 1803はスノープロー付きです。

P9262427反対側のDD51 892。貸切状態の撮り放題です。

P92624441画面にDLが4両入りました。

P9262448DE10はタキ2両に連結したところでひとまず休憩。乗務員も降りてしまいました。

P9262428ホームの先端は伊勢鉄道の乗り場になっています。車両はイセ1形。

P9262438誰もいないので車内を撮影しておきます。14:15発の5380レは前方から狙えないので、動画で発車のシーンを撮影しました。14:47着の5367レはウヤ。ここまでで撮影できたDD51は構図の善し悪しを別にして、853、875、889、891、892、1028、1801、1802、1803の9両。70年の人生でこれだけ集中してDD51を撮影したのは初めてです。

P9262460帰り道はまだ少し時間が取れそうなので、桑名で近鉄に乗換え。以前にも撮影したことがある弥富の上りホームで最後の一仕事です。午後なら大丈夫と思っていたのですが、15時過ぎてもまだ側面に陽が回りません。

P92624611000系は2200系のモーターを転用した非冷房車として登場しました。光線がよくなるまで待てないので、30分足らずで切り上げます。このあと、近鉄名古屋をスイカで出ようとしたら撥ねられました。桑名は中間改札なしだったのでどうかなと思ったのですが、やはり対応していないようです。

2016年4月28日 (木)

こんな車両もありました

 E331系はJR東日本の電車で一番短命だった形式と思われます(試験的な車両を除く)。2006年3月27日に落成して京葉車両センター(千ケヨ)に配属。2007年3月18日から京葉線で営業運転を開始しますが、いろいろとトラブルが発生して運転は中断。手直しをして2008年12月23日から運転再開となります。

P2212418私が最初に出会ったのは2009年2月21日。東京から市川塩浜まで乗り、ここで折り返してくるのを待ちました。連接車なんで車体が短い以外は、E231系とほぼ同じ。まぁ、可もなし不可もなしの顔付きです。

P2212419連接部分は心皿を重ねる方式ではなく4点支持になっています。これは電動台車で、モーター軸と車軸を直結したダイレクトドライブ(緩衝装置があるので、完全な直結ではない)を採用しているのが、この形式の最大の特徴なのです。

P2212412連接車で車体が短いため、14両で20m車の10両分に相当します。各車体3扉なので、編成としての扉数は20m車より2個多い42箇所となります。

P2212415運転室の後は開閉可能な窓がありますが、座席はありません。

P2212413先頭車の前寄り1区画はロングシート~クロスシートの切替が可能。ロングシートの時は7人掛け、クロスになると合わせて8人掛けとなるカラクリは、なかなかよく考えられています。

P4299526窓下の羽目板が微妙に膨らんでいますが、これは3人掛けのロングシートを跳ね上げたもので、扉脇の2人掛け座席が90度回転してクロスシートになります。そして扉脇には羽目板に収納されていた座席がセットされるという仕組みです。スペースの制約から背摺り、腰掛け部分とも薄っぺらなので、座り後心地はあまりよくありません。

P2212424もう一度舞浜で待ちかまえ、編成全体を収めます。7両単位の2ユニットを連結した形で、16台車中の6台車がモーター付き。車体でいうと6M8Tになります。モーター出力200kWなので、編成出力2400kW。4M6TのE531系より少し大きめです。

Pa212501在来車とは扉の位置が違うので、各駅のホームには専用の乗車位置目標が貼付けられました。

P42494782度目の出会いは2010年4月24日。相変わらず土休日限定ながら、なんとか順調に走っているように見えました。

P42995255日後の4月29日、113系を撮りに行く途中の蘇我でまた出会いました。

P4299527

P4299528この時は車号を写しておきました。しかし、その後また具合が悪くなったのか、ひっそりと営業運転から外されてしまい、これが最後の撮影になりました。結局、鳴かず飛ばずで2014年3月25日に長野総合車両センターに回送され、同年4月2日付けで廃車になりました。
 ダイレクトドライブはモハ103改造車で営業運転の実績を積んだし、連接台車もACトレインで一応の目処を付けたはずなのに、具体的にどこがどう駄目だっのかという正式な発表はないままでした。まぁ、形式や車号に9は付かなくても、実質的に試作車だったのは誰の目にも明らか。失敗を恐れてはいけないとはいえ、かなり高い授業料になったわけです。

2016年3月31日 (木)

E235系初乗り

 3月に入ってから営業運転を再開したE235系、その後は順調なようで、今日の朝方までに3回目撃しています。そして今日の原鉄からの帰り、品川で外回りを待っていたら、運よくE235系がやってきました。
 乗ったのは7号車のサハE234-1。車内に入ってまず目に付くのは黄緑の吊り手。正に緑一色(リューイーソー)の満貫です。荷物棚はE233系より穴あき部分が大きくなり、さほど鬱陶しい感じはありません。復活した中吊り広告は在来車より少なめのようで、貫通扉の上は扉上と同じ内容のカラーモニタ。ほかに扉間の荷棚上に3面連続のカラーモニタがあります。
 このモニタは今のところE235系のPR動画で、3面が連続した画面になったり、個別のマルチスクリーンになるなど、なかなか凝った演出をしています。座席も吊り手と同じように明るい黄緑、床は前面と同じ、グラデーション付きのドット模様でした。
 それと、3号車のモハE235-3は営業運転中にパンタと架線の検測を行うようで、LEDに照らされているのが目立ちます。乗り心地はE233系と同じくらいのレベル、力行、ブレーキはかなり滑らか。乗ったのがサハだったので、PMSMの特徴ある音はほとんど聞こえませんでした。
 以上、夕方の通勤時間帯だったので写真は撮れず、文字だけの報告です。

2016年2月10日 (水)

101系の面影

 先日、武蔵境のホームで目に留まったポスターに、ちょっと気になる部分がありました。

Dscf2201ラッシュ時になるべく混んだ電車を避けて乗ってもらおうという、鉄道会社ならどこでも見かけるポスターです。内容は至極もっともなことですが、私は左下の電車を形取ったイラストに目がいきました。

Dscf2202それを拡大してみます。半端な位置で歪んでいるのは無視するとして、これはどう見ても非冷房の101系以外に考えられません。ポスター自体はそんなに古い物ではないのに、201系を飛び越して2世代前の101系が出てくるなんて、偶然の結果というにはでき過ぎています。
 たまたまデザイナーに実物の知識がなく、イラスト集あたりから電車の絵を拾ったにしても、普通なら校正の段階で「これはないだろう」と差し替えられるはず。恐らく、101系にかなり思い入れがある人がこのポスターを監修したのだろうと推察します。

Dscf2237所変わってこちらは四ツ屋駅。快速の下りホームに面した柱には、こんな表示が今も残っています。まだ青梅線が拝島までしか10連が入れなくて、拝島で前7両の青梅行き、後ろの3両の武蔵五日市行きに分割されていた時代の名残ですね。

*先にお知らせしたように、11~14日は神戸に出向いて、鉄道模型と遊んできます。例によって行きは今夜発の夜行バス。飛び石連休の前日なので倍率が高く、切符は12月の中頃に押さえておきました。モバイル環境がないため、ブログは14日の夜まで放置されます。

2015年11月 4日 (水)

東小金井駅開業

 中央線の東京~高尾間で最も駅間距離が長いのは、豊田~八王子間の4.3km。2番目が武蔵境~武蔵小金井間の3.4kmだったのですが、昭和39(1964)年9月10日、ちょうどその中間となるどちらからも1.7kmの位置に、東小金井駅が開業しました。現在の東小金井は高架になっていますが、開業当時はまだ地平でした。

641425_0002ホームの端にあるプレートは1963-9になっています。実はこの駅、本体はできあがってもすぐに開業せず、1年ほど放置されていました。

641425_0006開業が遅れた理由は定かではありません。開業のお知らせや時刻表は手書きというのがしょぼいです。

641425_0011時刻は10時過ぎ、近所のオバサン達が見物に来ています。記念乗車券は発売されなかったようです。

641425_0012駅舎はいわゆる橋上駅です。

641425_0013跨線橋から高尾方面を見たところ。

641425_0007上りホーム。上屋は3両分くらいしかありません。北側に貨物駅を作る工事が進められています。跨線橋の階段がホームから離れているのがわかりますね。

641425_0016この頃は真っ昼間に荷物電車が走っていました。

641425_0018東京方面を見たところ。数年後には出発信号機の向こうまで貨物駅ができ、ク5000による自動車輸送で賑わいを見せました。

641425_0009駅の北側。やっと取付道路ができたという感じです。

641425_002210時半頃から北口のテントで開業式が始まり、カメラを持ってうろうろしていた私は、その式典の中に紛れ込んでしまいました。

641425_0019渡り初めが始まりました。テープカットしているのは東鉄と小金井市の関係者でしょう。

641425_0025渡り終わった南口でもう一度テープカットをして、式典は終わりました。

P6040228あれから40年(綾小路公麻呂の声で)、高架工事が進み、平成19(2007)年7月に下り線が高架に切り換えられました。画像はその直前の頃で、線路は高架線の北側、かつて貨物用の側線があった位置に移設されています。

P6280517東京方面を見たところ。

P6040222ホームには下り線を高架に切り換える告知が出ています。

P6280528跨線橋から見たホーム全景。下り線(画面左)を高架に移し、そのスペースに上り本線の高架を建設します。

P5142707中線は武蔵境の中線機能を引き継いだもので、時々こんなオマケに出会いました。

Pb040192現在の下りホーム高尾寄り。珍しい列車が走ると、ここに撮り鉄が群がります。

Pb040194ホーム全景。真ん中の副本線は上下共用です。

Pb040200えきなかには「そばいち」が入っていました。私見ですが、東京近辺の駅そばでは一押しです。

Pb040207線路が高架になったので、改札口は地平に降りています。

Pb040204南口。一応バスも乗入れています。

Pb040201商店街というほどの店数はありませんが、農工大の学生でそこそこ賑わっています。

Pb040208ホームから見た北口。まだ開発途上という感じです。