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カテゴリー「1/1 国鉄・JR」の記事

2018年6月28日 (木)

蛇窪の由来を探る

 いろいろ調べてみると、現在、品鶴線と大崎支線が合流する所が旧蛇窪信号場だったという説明は、少々正確性を欠いています。何故なら、大崎支線の0キロポストは西大井に近い位置にあるからです。実は大崎支線は現在の東急大井町線の下あたりからしばらくは品鶴線と並行し、0キロポストのある杜松地下道(かつては踏切)の先で合流していました(請け売りですが)。その理由は、向きを変える特急列車が踏切を支障するのを避けるためとされています。

P6223748そんなことを頭の隅っこで考えつつ、杜松地下道から西大井に向かって歩いていると、意外な発見がありました。西大井のすぐ手前の加道橋ですが、

P6223747名前はご覧のとおり。下蛇窪です。

P6193705さらに歩いて、ホームの下を潜る細い道。

P6193704こちらは上蛇窪です。かつてこのあたりは荏原郡で、昭和7年に古くからの字名である上蛇窪と下蛇窪は上神明、下神明に改められます。大崎支線の開業は昭和9年なので、すでに行政上は蛇窪という地名はなくなっているはずですが、鉄道省は伝統のある地名を尊重したのでしょう。

P6193707歩いている時にそんなことは頭になく、西大井に到着。画面の右には日高屋が入っています。この駅の開業は品鶴線に横須賀線が走るようになってから6年後の1986(昭和61)年4月です。当時は本数の少ない横須賀線より、バスで大井町に出る方が便利だったのでしょう。

P6193711西大井のホーム。横浜寄りには踏切があります。

P6193713踏切から横浜方向を見たところ。しばらくは新幹線が真上を走ります。

P6193727駅名標。開業時、横浜寄りの次の駅は新川崎でした。

P6193726時刻表。日中の列車は概ね横須賀線4本、湘南新宿ライン2本で、後者は横須賀線に直通する列車のみ。つまり、ここは横須賀線の駅なので東海道線に直通する列車は通過するのです。

P6193718横浜寄りの上りホーム脇にはこんもりとした木立が見えていて、なんとなく気になっていました。

P6193720お寺かと思っていたのですが、線路寄りは小さな公園でした。

P6193715その左はなにやら立派な門構えで、脇には曰くありげな石碑もあります。

P6193719石碑のアップ。大勲位伊藤博文公墓所と刻まれています。中は公開されていないようです。

P6193723公園の塀の隙間から中が見えます。博文公の胸像がありますね。これで湘南新宿ラインの車窓から眺めていた疑問が氷解しました。

2018年6月24日 (日)

大崎の三角

 シグ鉄さんのブログでは黄金の三角が佳境に入っているので、私もちょこっと三角をネタにしてみました。このところ原鉄の仕事で往きに利用する湘南新宿ライン、大崎を出て少し走ると品川から来る横須賀線と合流します。ここが旧 蛇窪信号場で、かつては品川~蛇窪~大崎~品川という経路で特急「つばめ」「はと」の方向転換などに使われていました。いわゆる三角線なのですが、この三角は単純な三角ではありません。

P6193687まずは現地をご覧ください。画面奥が大崎、左に行くのが横須賀線、右に分かれるのが湘南新宿ライン、上を横切っているのが東急大井町線、さらに左上の高架が新幹線です。

P6193686ここが上の写真を撮った住吉踏切。左は拡幅工事中の都道26号線で、線路の下を潜ることになります。踏切の先数分で大井町線の下神明駅に出ます。

P6193685踏切の少し大崎寄りに行くと複雑な地形がわかります。画面左が線路を潜る道路、その上に在来線、東急大井町線、新幹線と重なっています。

P6223780これは大井町線の車内から撮影した大崎方向。赤丸は後述する大崎支線のキロポスト(1/2km)です。

P6223783同じく、西大井方向。かなり緩いポイントですが、恐らく湘南新宿ラインが走る前はもっときつかったのでしょう。

P6243805ここまで写真を見て、「なんで品川に行くのが左に分かれるんだ」と思われた方、その疑問にお答えしましょう。図の黒い線は横須賀線が走る品鶴線、赤い線は湘南新宿ラインが走る大崎支線、茶色い線は山手貨物線です。それぞれの歴史を辿ると、
・1925(大正14)年3月、品川~渋谷~池袋~田端の電車専用線が完成し、汽車が走っていた線路が山手貨物線となる。
・1929(昭和4)年8月、貨物用の品鶴線開業。山手貨物線との分岐点に目黒川信号場を開設。
・1934(昭和9)年12月、大崎支線が開業し、品鶴線との分岐点に蛇窪信号場を開設。
・1965(昭和40)年7月、目黒川、蛇窪の信号場を廃止、大崎駅の構内とする。
 というわけで、現状はこの変則的な三角すべてが大崎駅の構内になっています。

P6193694もう一度確認しましょう(ひつこいって)。直進する横須賀線。左の信号はどちらも場内信号機になります。

P6193703_2右に分かれる湘南新宿ライン。

P6193731今度は横須賀線の先頭から。旧 蛇窪信号場を通過。

P6193733右にカーブしながら大崎支線をオーバークロスします。

P6193734山手貨物線が近づいて来た。

P6193735旧 目黒川信号場を通過。

P6223746ところで、大崎支線は旧 蛇窪信号場寄り(実際はその少し先)が起点なのです。これは歴史を調べているうちにわかり、日を改めて撮影しました。大崎5番線の中ほどに2kmのキロポストがあります。

P6223745その手前にこんな表記がありました。2018は年号ではなく、起点から2.018kmの意味です。さぁ、それでは起点の0キロポストはどこだ。

P6223752湘南新宿ラインの先頭から線路端を注視して、このあたりと見当をつけた所まで歩くと…、おっ、ありました。0の下に「支」と書いてあるので間違いありません。

P6223753_2その位置は西大井から歩いて5・6分、この横断地下道の手摺り越しからも見えます。方向転換する列車はこのあたりで停止したのでしょう。品川から来て大崎に折返すには渡り線が必要になりますが、現在、その痕跡は見つかりません。

2018年6月21日 (木)

ここが変わった、渋谷と品川

 前々回の京王ネタは少し気合いを入れたつもりなんですが、反応はさっぱり。ところが、前回の回数稼ぎみたいなそばネタは昨日のアクセスが500を越え、今月に入って最多となりました。まぁ別にアクセス数に応じた歩合が入るわけではないから、どうでもいいんですが。
 
 という愚痴っぽい前振りはさておき、6月に入って都内のJRでは渋谷と品川で駅改良などに伴う線路変更が行われています。このところ日曜出勤が続いて当日の様子を見ることができなかったので、一昨日(19日)、渋谷と品川を覗いてきました。

P6193630まずは渋谷。新宿から先頭にへばりついてカメラを構えます。白っぽいガーダー橋は5月27日の早朝に架け替えられました。

P6193631左に大きく振れています。右の北行線路より高く(山手線と同じ高さ)なっているのがわかるかな。

P6193632地下鉄銀座線の下あたり。新しいホームの骨組みがてきあがっています。

P6193633間もなくホームにかかります。

P6193634このあたりでも1線分東(左)に寄っています。

P6193636南行の先頭部。停車位置が1両分弱ずれ、その分が延長されています。

P6193638ホーム先端から振返ります。ここで待っている人はほとんどいません。

P6193641ホームは6号車あたりから段差が付き始めます。

P6193643上の写真の階段部分で段差は1段。

P619364710号車あたりで4段。

P6193649段差を行き来するためのスロープもできています。

P619365512号車あたり。

P6193658新宿寄りの15号車付近では7段分の高低差があります。

P6193656南行ホームの新宿寄りから。パワーショベルがいるあたりもホームになるのでしょう。これで渋谷の全容がわかったので、次は品川に移動します。

P6193665品川は6月17日早朝に京浜東北線の南行が4番線から5番線に移されました。5番線に到着する大船行き。南行は単にホームが1線ずれただけではないので、田町から先頭にカブリついて確認します。

P6193672田町では撮影しやすい位置を確保するため、電車を5・6本やり過ごしました。昼間で混雑してはいないのに、なぜか一番見通しのよい位置にへばりついているのが多いのです。田町を出て道路を潜るとすぐ、新しいルートに切替わります。

P6193674このあたりはかつての東京機関区でした。山手線を乗り越えるコンクリート橋がほぼできあがっています。

P6193675まだ駅名が決まっていない新駅を通過。左は東海道線の上り線です。

P6193677品川駅が見えてきました。上野東京ラインの北行と擦違います。目の前のポイントは保線車両用です。

P6193678大きく左にカーブしながら減速。

P61936805番線に到着しました。これで品川の観察は終わり。さらにもう1箇所、足を延ばしますが、それは次回で。

2018年3月30日 (金)

昭和47年の鶴見線、海芝浦で下車

 鶴見線の海芝浦といえば、ホームから出られない駅として有名で、今でも時々ネタ切れしたライターが、いかにも知ったかぶりしてネットにアップしたりしています。ほとんどは請け売りの二番煎じで、恐らくご本人は現地に足を運んだことはなさそうなのが見え見え。一言いわせてもらえば、海芝浦なんてつい最近まで、平気でホームの外に出られたのです。論より証拠、昭和47(1972)年9月に撮影した画像をご覧ください。

P3225154まずは扇町方面と海芝浦方面が分岐する浅野。扇町行きの後追いです。

P3225155浅野に進入する海芝浦からの鶴見行き。1枚目の写真の右手にカーブしていて、私が立っているホームは扇町からの鶴見行きと海芝浦行きが一緒になって扇形をしています。

P3225156海芝浦行きが到着したので、これに乗りました。

P3225157海芝浦に到着。午後ですが誰もいません。電車はクモハ、クハとも元31系です。

P3225158こんな注意書きがありました。岸壁に出ると海に落ちます、は国鉄の掲示。東芝は一般の立入り並びに魚釣等はできません、と書いてあります。しかし、駅員はいないし、東芝の守衛所なんかもありません。線路に沿って広い道路があるので、浅野方向に歩いてみました。

P3225159乗ってきた電車が折返していきます。左は東芝の工場で、奥のカーブしたあたりから線路が引き込まれていました。塀の中にシキ(形式不明)が留置されていましたが、残念ながら写真は撮っていません。

P322516090度曲がってすぐのところが新芝浦。横断歩道に歩行者用信号があるから、ここは公道なのでしょう。

P3225161右に運河を見ながら歩きます。海芝浦行きが通過。今度は2両とも元30系。この頃は日中でも1時間に数本は海芝浦行きがあったようです。

P3225162浅野に近づくと怪しげな貨車が止まっていました。直通管どころか側ブレーキもないので、工場内専用なのでしょう。

P3225163また電車が来ました。4連になっています。左下の線路はNKK(日本鋼管)の工場に入っています。

P3225164今度はボギーのチキ。2両で台車が違います。

P3225165形式写真風に。

P3225166さらにもう1枚。台車が違うので都合3枚も撮ってしまいました。

P3225167浅野で1枚目の踏切を西側から。電車はクモハ11441です。

P3225168先ほどの4連が海芝浦から戻ってきました。この時の写真を見る限りでは、2連のクモハとクハは同形態(元30系、31系、50系)で揃っています。

P3225169ガスタンクをバックに扇町からの鶴見行き。退勤時間になったのか、そこそこ乗っています。

P3225170見慣れない貨車だったので1枚。カーバイト専用、昭和電工所有のホキ5600形です。

P3225171これは浜川崎でしょう。扇町行きの後追い。

P3225172ED1614。この形式で唯一のスノープラウ付きです。これで鶴見線の撮影は終了。

P3225173鶴見に戻ってきたら、時刻表に載っていない列車が来ました。新鶴見操車場の職員輸送に使われていたクモハ12013です。右端に専用のホームが見えています。

P3225174停車して職員が降りて来ました。

P3225175最後のコマは京急の品川。左の成田山号は平日には運転されないので、別の日の撮影と思われます。

2017年12月23日 (土)

朝一の収穫

 いつもなら朝寝を決め込む土曜日ですが、今日は心持ち早起きしました。

Pc2315049時ちょっと前の高円寺。倍率は低いけど、信号の下あたりに影が伸びているのでパス。

Pc231505となりの阿佐ヶ谷。このくらいならなんとか潜り込めそう。

Pc231506そして本命がやってきました。出発式などを行っていたせいか、7・8分の遅れです。

2017年11月 9日 (木)

拝島で米タンを撮る

 鉄の世界で米タンといったら、在日米軍の航空用燃料を運ぶタンク車、またはその列車を指します。古くは軍用の登録ナンバーをつけたタキ3000が使われていましたが、現在は最新のタキ1000に代わり、拝島~安善間に8000代の臨貨2往復が設定されています。
 この列車の狙い所はいろいろありますが、拝島駅構内での西武鉄道の拝島線との平面交差も見逃せません。

P6206058米タンの運転日は不定ですが、現状はほぼ火曜日と木曜日に8078レ、8079レが運転されています。写真は6月20日に西立川で撮影した8078レで、拝島11:21→安善13:31。西立川から青梅~南武短絡線に入って立川に向かいます。

P9140004こちらが本命の拝島。2000系が走っている線路を斜めに横切っているのが横田基地への引込み線です。クロスはこの角度なら固定式でよさそうですが、信号と連動させるためなのか、先端レールは可動式になっています。*9月14日撮影。

Pa100906青梅線のホームから。左端が西武拝島線。信号の右が係員の詰め所で、その前に入換え用のDLが待機しています。本日は防音対策車のDE11 2004。新鶴見機関区からの出稼ぎです。以下は特記以外、10月10日に撮影。

Pa10090816:09、8079レが到着。本来はEF65の運用ですが、EF210になることが多いようです。

Pa100911青梅線上りのとなりに停車。EF210は切り離されて暫く待機し、16:35頃、単機で新鶴見に回送されます。

Pa100912待ってましたとDE11がやってきて。

Pa100918連結。

Pa100921ブレーキテストをして、一旦立川寄りに引上げます。

P9140014構内がカーブしているので、見えなくなります。*西武線ホームから9月14日に撮影。

Pa100926DLが戻ってきました。タンク車に連結するため、もう一度バックします。

Pa10093016:25頃、タンク車を牽いてきました。間もなく平面交差にかかります。

P9140024これは9月14日の撮影で、僅かだけどピントが甘い。

Pa100931さぁどうだ。なんと、今度は手前の電柱にピントが来ているではないか。何年写真撮ってるんだよ。

Pa100932次のカットは広角側にズーミングしたので、ピント外れは免れました。

P9140033後ろ姿はこのアングルでしか撮れません。*9月14日撮影。

P6206051基地への線路を少し歩いてみました。前のカットで人が渡っている踏切からで、ガードの下は玉川上水が流れています。*6月20日撮影。

P9140036線路脇にある立て札。線路内は米軍の施設なのです。*9月14日撮影。

 西武線を横切るシーンは三度目の正直を決めたいところですが、これからは陽が短くなるので無理。来年の春以降、もう一度挑戦してみます。

2017年7月11日 (火)

E235系量産車

 スマホみたいな前面のE235系は今年度から量産車の増備が始まり、6月現在で第5編成までが営業運転に就いています。

P61760196月17日に目撃した第4編成。

P5220482こちらが2015年5月22日に撮影した、試運転中の第1編成。さてどこかに違いがあるのだろうか。この写真ではわかりませんが、ドアのグリーンのラッピングの両端が、量産車ではわずかにグラデーションになっています。
 もうひとつ、第1編成は3号車(写真で前から3両目)のモハE235に架線監視装置が付いていました。夜間にこれが作動しているとパンタがライトアップされ、なかなか目立ちます。しかし、こんな装置は1編成か、せいぜい予備にもう1本くらいあれば十分なので、量産車では省略されています。

P5220479もう一度別の角度から第1編成を見てみましょう。赤丸部分にご注目。幕板から雨樋のあたりが違いますね。この10号車、実は新車ではなくセコハンなのです。

P6176006これはE231系の10号車に組込まれていたサハE231形4600番代。田端~田町間で10連の京浜東北線とドア位置を合わせるため、右端の部分の窓配置が変則的になっています。ホームドアのために作られた異端車なので、この車両だけは他の線区に転用せず、引通し線などを改造してE235系に組込まれています。

P6176015ところが、第4・5編成だけは10号車も転用ではない、純正のサハE235形(500番代)が組み込まれていています。その理由は、転用には引通し線の取替などで2ヶ月くらいかかるので、E235系新製で浮いたE231系からサハを抜いて転用改造というサイクルでは置き換えのペースが遅くなってしまう。そこでオール純正E235系を2本新製することで、転用改造の時間差を埋めようということだそうです。

P6176016そんなわけで、サハE235形500番代の新製は2両のみ。変則的な窓配置から他の線区への転用は考えられず、E235系での廃車第1号になることでしょう。

2017年7月 8日 (土)

総武本線の貨物列車

 梅雨を通り越し、もう夏かと思うほどの東京ですが、連日の暑さにめげず、折をみては川向こうに足を運んでいます。

Dscf4860そのきっかけになったのが、5月21日に発売されたこの本。表紙はなんと地元、高円寺で撮影されたものです。中身を読むうち、「EF64やEF65が牽く貨物列車は今のうちに撮っておかないといかんな」と思ったわけです。時刻表によれば、昼間に撮影可能な列車は午前中に2本、午後に1本あります。

P6236166最初の出撃は6月23日、場所は複々線での定番といえる下総中山です。まずは練習の1本。255系はJR東日本のなかで最も存在感に欠ける形式でしょう。以前は臨時の「かいじ」で中央線にも顔を出していましたが、甲府までといえども4M5Tでは少々スタミナ不足だったようです。

P623616811時24分頃、鹿島スタジアム行きの1093レが通過。

P6236170約10分後、千葉貨物ターミナル行きの1091レが通過。快速上り、緩行下りにも被られず、幸先のよいスタートと思われましたが…。午後の上りは15時前なので、秋葉原あたりで時間調整と思い、緩行上りに乗車しました。
 新小岩操ではチキ数両(レール運搬)の先頭にDE10が付き、発車待ちの状態なので、平井で降りてホームで待機します。しかし、15分くらい待っても来る気配はなし。諦めて再び緩行上りに乗ったら、亀戸の手前でお目当ての列車に追い越されました。でもまぁ、時間が確認できたからよしとしましょう。
 昼飯をすませ、再び下総中山に戻ったのは14時30分過ぎ、今度は千葉寄りで構えます。14時40分ころに通過のはずが15時を過ぎても現れず、今日はウヤかと諦めて帰路につきます。ところが、新小岩操では停止位置付近に係員が待機しています。ならばとUターンしたら、市川付近でEF64牽引の1094レと擦違いました。総武線内での信号トラブルかなにかで遅れていたようです。

P6246195勝手がわかったので、翌日(24日)はチキと1094レに的を絞ります。平井で12時15分頃、赤いDE10がやってきたのですが、もう少しでベストポジションというところで、背後から歩いてきた2人連れに被られました。ホームの中ほどでそこそこ人通りはあるし、小さいカメラが災いして、写真を撮っているとは気付かなかったのでしょう。かといって、今さらこれ見よがしの大きなカメラは使えません。

P6246207気を取り直して下総中山に来てみると、土曜日のせいか先客がたむろしています。陽当たりのいい所で場所取りをして、熱中症にでもなったら洒落にもなりません。

P6246211となりの本八幡はちょっとアングルに制約があるものの、先客は1人だけでした。しかし、前照灯が見えた頃に緩行下りが到着。これが発車してホームを離れた時には、もうEF64が目の前に迫っていました。

P6246212変わった塗色のカマだったので、新小岩で機回しのところを1枚。しかし、EF64の所属が愛知機関区というのは、どうもピンときません。

P70362141週間ちょいの間をあけた7月3日の平井。今度こそはと思ったら、月曜のせいか単機でした。

P7036220そして下総中山は…、見てのとおり、でした。

P7076223三度目の正直、仏の顔も三度も糞食らえ、このままでは収まらず、四度目の正直に挑戦。これで決まりと思ったのですが、よく見ると僅かにピントが甘い。

P7076259列車は小名木川の先のレールセンターまで行き、13時50分頃、機関車だけが戻ってきます。貨物線は築堤の上の線路をさらにオーバークロスするので、かなり高い位置を走ります。今度は亀戸から南の貨物線も狙ってみよう。

P70762601094レ、今度は決まったか。しかし、線路間の手摺りを避けるつもりが、もろに引っかかってしまいました。もう少し引きつけると電柱で串刺しになるし、むずかしいところです。ここも列車の通過と下り緩行の発車時刻がかなり接近していて、少しタイミングが狂うと被られる恐れがあります。

2017年6月21日 (水)

姿を消す、千駄ヶ谷駅臨時ホーム

 タイトルどおりの内容です。最近、原宿駅がリニューアル中で、外回りの臨時ホームは工事の真っ最中です。その原宿からほど近い中央線の千駄ヶ谷駅にも、下り線に臨時ホームがあったのです。

P1193835これは今年の1月19日に撮影したもので、最後部(信濃町寄り)から代々木方向を見ています。首都高と下り線の間に屋根のないホームがあり、手前はすでに取り壊されています。このホーム、かつては初詣とかメーデーの時に使用されていましたが、もうここ10年以上、使われていません。ついでにいえば、信濃町も下り線に臨時ホームがありました。駅のリニューアルの時に撤去され、よく見ると下り線の外側になんとなく不自然な空きがあるのに気付きます。

P6165991ほぼ同じ位置から6月16日に撮影。このあたりはホームの跡形もありません。

P6165988少し代々木寄りから振り返ってみます。

P6165987ホームの中ほど。左が改札口になります。

P6165983_2その先に行くと、まだホームの骨組みが残っています。左端が改札口への階段でした。

P6165978代々木寄りの先端部。臨時ホームにしては、かなり骨組みがしっかりしています。JR東日本の6月8日付けプレスリリースによれば、臨時ホームの跡には新たに下り線専用のホームが新設されるそうで、2020年のオリンピック前に完成を見込んでいます。

2016年12月13日 (火)

初日の特急「あずさ」

 昨日、12月12日はちょうど半世紀前の昭和41(1966)年に特急「あずさ」が運転を開始した日なのです。すでにOER3001氏が上り一番列車到着の模様をアップされていますが、あの場所には私も居合わせていました。その前の下り一番列車が出発するシーンも撮っているので、早速ネガを探し出し、スキャンしてみました。

196612_00065番線に据え付けられた下り第一あずさ、案内表示は「あづさ」になっています。当時の新宿駅は1・2番線が中央本線の列車、3・4番線が快速上り(3番線は朝ラッシュ時のみ)、5番線が中央本線列車、6番線が快速下り、以下、中央・総武緩行と山手線が7~10番線となっていました。
 本来なら1・2番線発着としたいところですが、朝ラッシュ時の2分隔間で走る快速上り線を横切るわけにもいかず、狭い5番線からの発車になっています。

196612_0009ホームの天井にも飾り付けがありました。

196612_00055番線の先端は、あまりよいポジションがとれません。

196612_0001ならばと4番線に移動します。上り快速は3番線、4番線の交互発着なので、4分毎に被られる確率ですが、なんとかテープカットのシーンを撮れました。

196612_0010発車してゆく「あずさ」。線路に降りているのは報道関係者だけではないようです。この下り一番の「あずさ」は甲府の先で踏切事故に遭い、その先は165系で代行運転となりました。

Img_0005数時間ほど暇つぶしをして、上りの一番列車を迎え撃ちます。こちらは前面がだいぶ賑やかです。

Img_00041番線に到着。朝と違ってカメラを向ける人は10人くらいでした。

Img_0003そのうち線路に降りて撮り始めた人がいたので、私も真似をして…。50年前だから時効ですね。駅員もいたけど、なにも言われませんでした。

Img_0014もう1枚撮ってホームに上がります。降りるのは簡単だったけど、上がるのは一苦労でした。

Img_00101・2番の装飾はあっさりしています。

Img_0020東口コンコースに据付けられた装飾。上諏訪温泉観光協会がスポンサーです。

Img_0019駅の外にもこんな看板が出ていました。なんといっても中央本線で初めての特急です。車両は使い回しとはいえ食堂車も付いていたし、これでやっと中央本線も1人前になったなぁという気がしました。

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