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2017年12月11日 (月)

手打ち、じゃなかった

写真1枚だけ、瞬間芸的なネタです。

Pc111430ひと月ほど前、地元(といっても中央線の向こう側)に開店したうどん屋。真面目そうな店構えですが、提灯をよく見れば、「手打ち」ではなく「手抜き」になっています。2番目にまずい店、みたいに自虐的な表現なのだろうか。一度は試食してみよう。

2017年12月 8日 (金)

京王電鉄、5000系デビューの影に…

 本日付けで京王電鉄5000系の5本目が竣工します。西武の40000系は先日、池袋に停車しているのを遠目に眺めましたが、京王5000系はまだ実物に遭遇できません(普段の行いはそんなに悪くないと思うのだが)。
 私も行いはさておき、10連が5本も増備されれば、それと引換えに廃車が出てもおかしくありません。京王線で廃車になるとすれば、その候補は一番古い7000系からとなるのが当然です。

P5124575たまたま仕事の関係で得た情報によると、写真の7709編成(8連)は10月27日付けで中間のサハを抜いた6連に短縮されました。同様に7708編成も11月10日付けで6連化。編成から外されたサハ4両は、11月13日付けで7000系では初めての廃車となりました。
 6連は単独だと高幡不動~高尾山口間のローカルしか使い道がありません。8連が3本減る分は、各停の10連化が進むのでしょう。

Pc071407_3さらに、昨日見かけた7706編成は12月11日付けで8両丸ごと廃車になります。写真のようにつつじヶ丘では下りに被られたので、新宿から戻って来る下りを狙える場所を探します。

Pc071414正午を過ぎて、分倍河原ではなんとか下りの側面に陽が回り始めてきました。8連全部は入りませんが、まぁ、これが最後の記録になるでしょう。

Pc071415停車したところで新宿寄り先頭の車号も写しておきます。

P9302166これは2015年9月の撮影。VVVF改造はつい最近と思っていたら、実際には2005年だからもう12年もたっています。新製は1984年なので車齢33年。ステンレス車体だから、もう少し使えそうな気もします。コルゲート(歯磨きではない)がないとステンレスらしくない、なんていうのはオジサンの証拠なんでしょうね。

2017年12月 5日 (火)

京都のポール電車

 前回の近鉄、京阪と同じネガの続きです。昭和40(1965)年10月7日、まず朝方に杭瀬で阪神の小型車を撮ってから、京阪の関目に移動。それから京阪に乗って京都に出て、午後は嵐電と叡電(この頃は京福電気鉄道の嵐山線と叡山線でした)を撮影しています。

P7044958初っぱなからタイトルに偽りありで、ビューゲル付きの京都市電です。場所は四条大宮、これから嵐山に向かうところですが、クラシックなスタイルの500形が来たので、シャッターを切りました。

P7044959次はいきなり終点の嵐山。レディスホテルもないし、人力車もいません。まだ紅葉には早い端境期なのかも知れないけど、今からは想像もつかないくらい閑散としています。

P7044960駅の外れから四条大宮に向かうモボ111形を1枚。なんと、まともな車両写真はこの1枚だけです。

P7044963モボ101形の台車。軸バネがない(その脇にあるバネはどういう作用をするのか)、変わった構造で、神戸製鋼所製だそうです。現在のモボ101形は更新で車体、台車とも変わっています。

P7044969四条大宮に戻り、どういう経路で出町柳に出たかは記憶がありません。まずは岩倉で1枚。もう山里の雰囲気ですが、ここまでは複線で折返しの列車もあります。デオ300形はまだ前面がいじられていません。ポールもホィール式でした。

P7044968二ノ瀬。もうだいぶ山の中です。右奥には茅葺き屋根の民家が並んでいます。

P7044967貴船口を出て鞍馬に向かうデオ300形。この日はデオ300形が2両とも鞍馬線に入っていました。鞍馬(画面右)に向かっては上り勾配なのに、写真では水平か少し下っているように見えます。

P7044964終点の鞍馬。駅舎は今も変わっていません。

P7044970山を下りて、修学院の車庫を覗いてみました。中央はデオ200形で、その後ろに元阪神のデナ500形がいます。

P7044973デナ500形の2連。幅が狭いので、阪神の時ほどではないけど、ドア下にはステップが取り付けられています。ここよりもう少し右に渡り線があり、できたばかりらしくまだ架線が張ってありません。ところが、車庫から出てきた編成が本線上で止まり、向きを変えてその渡り線に入ってきました。えぇぇぇぇ、まずいんじゃねぇと思ったら、ポイントの寸前で車掌がポールを引き下げ、惰力で渡り線を通過。下り線(手前の線路)に入ったら一旦停止してポールを上げ、何事もなかったように走っていきました。

P7044974もう時間は17時くらいかな。だいぶ暗くなり、前照灯を点灯しています。デナ21形の単行で、かなり満員に近い。あたりはさらに暗くなり、力行しているとトロリーホィールの回りにスパークの輪ができます。今なら動画で撮りますが、その頃は写真に撮ろうなんて気はなく、じっと眺めていました。

2017年12月 3日 (日)

忘年会、第1回目

 満月が綺麗だった昨日(2日)の夕方、都内某所にオジサン達が集まりました。

Pc021375概ね、2月前にけんかつで顔を会わせたメンバーです。この時期、こういう所に集まったら、やることは決まっています。

-----そう、忘年会です。

Pc021377定刻の18時、テーブルにはビールが回り、主賓の挨拶。この1分後にカンパ~~イとなりました。この忘年会、カトーオヤビンの80歳を祝う会が発端で、以後、オヤビン忘年会として定着しています。カトーさんは今年で85歳だそうで、私より一回り以上違うけど、お元気です。
 呑んで、食って、喋っての2時間はあっという間。半数以上は2次会に流れたようですが、私は1次会だけで引き揚げました。

2017年11月30日 (木)

辛気くさい工作

 12月10日から始まる第2期模型スクールに備え、京急デハ230形を完成させないといけません。しかし、色を塗る前にちょいと追加しておきたいディテールもあり、一進一退の状態が続いています。

P6206103一番気になっていたのはこれ。生徒さんは栓受けだけですが、やはりジャンパ線本体もつけてみたくなります。26日の時に周りを眺めて見ると、キムラ先生のもchitetsuさんのも当然のように取付けすみになっていました。まったく、油断も隙もありません。

Pb281318で、私もやむなくそれに追随します。栓受けにはドリルでグリグリと穴を空け、0.5mmの真鍮線を差し込みます。ここにビニールチューブを被せるという、16番ではお馴染みになっている技法を真似してみました。私にとっては0番の大きさでも、こんなのやってらんねぇや、の寸前です。

Pb281321床下に付いているジャンパ線の受け。左が0.3mmの帯板、右は2×2くらいの角材で、1.4mmの穴を空けました。それにしても帯板を四角に曲げるのは結構面倒です。

Pb281333床板に取付けてみました。この角度からだとまぁよさそうなのですが。

Pb281334正面から見ると、だいぶ歪んでいます。ジャンパ線を付ければそんなに目立たなくなると思うけど、やはりこのままにはしておけません。

Pb291345帯板は筋彫りしてから曲げているので曲げ直すと折れそう。低い方に紙を1枚挟み、なんとか高さは揃いました。左側の直角が出ていないけど、これで目を瞑ります。

Pb301353次はパンタを加工します。chitetsuさんは上枠を作り替えたようですが、私はそのまま。関節部分のハンダがだいぶボテ盛りですが、下手にバラして寸法が狂うと、畳んだ時に歪んでしまうので、余分なハンダを最小限ヤスるだけにします。

Pb301357シュー先端部はYの字にしてから円弧状に曲げます。最初は基の部分(シュー本体寄り)が長すぎたので、1mmほど短くしました。京急のバンタはこの先端部の曲がり具合が深いのが特徴なのです。

P2247322これは京成の3300形。

P3045399こちらは京急の800形。先端の曲がり具合が深く、ほぼ90度の円弧になっています。同じPT43でも600形、1500形、2000形は高速対応のシューに取換えられたので、この曲がり加減が見られるのは800形だけです。

Pb301360写真を穴が空くほど見比べながら、先細のラジオペンチで曲げてゆきます。まぁ、こんなとろかな。実はもうひとつ、連結器部分の小細工も必要なので、なかなか床下も塗装できません。

2017年11月27日 (月)

模型スクール終了式

 chitetsuさんのブログでも紹介された原鉄模型スクールも29日で10回目。最終回なので、なにはともあれ完成といえる状態にしないといけません。

Pb261244もう、前回で赤を吹いた人もいるし、まだ床下の小部品取付に追われている人もいます。

Pb261243その脇で運転に興じている講師陣。4連になるといいねぇ。その前に下塗り状態で仲間外れになっているのが私の車両。

Pb261251昼過ぎには最終グループも赤を吹きました。

Pb261274帯のマスキングを剥がす、緊張の一瞬です。

Pb261285早い人は窓セルを貼り、車号のインレタも入れました。遅い人もなんとか電車の形になっています。それぞれの作品を持ち、記念撮影です。

Pb261287続いて終了式。終了証書の文面は一人一人異なります。

Pb261300修了証を持ってもう一度記念撮影。まだ完成しない人は、第2期の講座に来てもらって面倒を見ます。

Pb271304さて、私の車両はというと、原稿書きが終わった先週の金曜(24日)に京急用赤のラッカーを買ってきました。白は残り物があったのですが、いくら掻き回しても白になりません。経年で白の成分が抜けてしまったのでしょうか。

Pb271306やむなく下塗りのつもりで灰色9号を吹きました。白っぽいけど、やはり白ではない。

Pb271310最小限のディテールとして高圧引込み線を付けました。いずれにせよこの状態では卒業できません。留年して第2期スクールに通います。

2017年11月23日 (木)

昭和40年の近鉄と京阪

 定番の古いネガからシリーズ、今回は近鉄と京阪です。昭和40年10月6日に近鉄の布施、翌7日に京阪の関目で撮影しています。言い訳がましくなりますが、まだカメラにも慣れず、メガネをかけてレンジフアインダーを覗くため、目一杯に引きつけたつもりでも車両は画面の半分以下。まぁ、写っているだけましと考えてください。

P7044934当時の布施は地平で、大阪線は上下ホームの中間に通過線が1本ありました。車両は木造のモ251形?を改造したモワ、車号は読めません。まだ奈良線は600Vだから、このモワは複電圧ではないだろうか。

P7044938看板列車のビスタカー、C編成ですね。

P7044936榛原準急の2000系。モ2000形は片運、両開きドアに改造されています。

P7044937高安~大阪(上本町)間のローカル。手前は高性能車トップのモ1460形、奥が4ドアになったモ1470形です。

P7044942国分~大阪間のローカル。手前の2両は急行用のモ2200形ですが、ロングシート化されています。奥の2両はク1500形とモ1400形。直通車仕様なのでモ2200形とも併結できます。

P7044935このホームは大阪線下りと奈良線上りが背中合わせなので、振向けば奈良線が撮れます。奈良線は上下それぞれの通過線があり、鹿のマークを付けた8000系奈良行き特急が通過していきます。

P7044940900系の普通を追抜く800系の急行。

P7044941上り急行の820系。その右の側線で大阪線と奈良線がつながっています。電圧が違うので、電柱の右をよく見るとデッドセクションがあるのがわかります。

P7044944大阪線上りホームに移動しました。先ほどの国分ローカルの戻りです。トイレはまだ使えたのだろうか。2両目はシュリーレン台車のようなので、2224~2226のいずれかになります。

P7044943ク1569の台車。近車のKD-3です。

P7044952翌日は京阪の関目でも撮影しています。特急はスピードが速いのでブレています。手前3両が元1810系、奥の2両はバンパーが見えているので、新製の1900系です。

P7044953600系の急行。台車は枕バネがコイル+オイルダンパ付きに改造されていますが、軸は平軸のままです。

P70449542000系2連の三条行き普通。エコノミカル台車(KS63)付きで一番乗り心地が悪いグループです。この頃は阪急も京都線の普通には2連がありました。

P70449551700系の守口行き。ロングシート化されていても特急色で、鳩マークも付いています。臨時に特急で走ることもあったのでしょう(乗りたかった)。

P70449561900系6連の特急。前の1700系が発車したすぐあとを追抜いて行きました。

P70449571000系の萱島行き。3+3の6連で、中間に流線型の頭が鉢合わせしています。ドア上の雨樋が微妙な曲がり方で、模型だと苦労しそうです。

2017年11月20日 (月)

神武寺はどこだ

 先週の月曜(13日)はここらへんをうろついていました。

Pb131149駅の観察は終わっても時間は11時ちょい過ぎ、まだこのまま帰るには早い。ならば駅名の由来となった神武寺というお寺を探してみましょう。

Pb131155駅前の住居表示街区案内図を見てみます。このあたりの地名は池子(いけご)なんですね。で、神武寺は…、あっ、右上の赤丸の所にありました。左の赤矢印が駅なんで、ちょっと距離がありそうです。

Pb131151もうひとつ、ハイキングコースの案内を見てみます。鷹取山へのコースの途中なんですね。所要時間は30分とあるので、1時間少々で往復できるでしょう。

Pb13115910分弱は線路に沿って歩きます。しかし、電車を撮るには背の高い金網が邪魔です。

Pb131158逗子市立逗子中学校の手前で右に折れ、ハイキングコースに入ります。へぇ、猪が出るんだ。

Pb131160中学校を過ぎたあたりまでは平坦な道です。

Pb131161その先、老人ホームのそばにあった案内板。昔は石を切り出していたんですね。

Pb131185石切場の跡もありました。

Pb131162人家はなくなり、ハイキングコースらしくなってきました。ゆるいアップダウンなので、まだ鼻歌交じりで歩けます。

Pb131163ここから右に行けという道標がありました。

Pb131165そこを境に様相は一変して、急な上りになります。

Pb131167ひぇぇぇぇぇー、地面は湿っていて滑りやすいし、這うようにして進みます。案内板ではこちらが神武寺への裏参道となっていたけど、とても年寄りがお参りできる道ではありません。

Pb131169やっと寺の境内に到達しました。奥に見える屋根は鐘撞堂です。

Pb131170神武寺の由来が書かれています。有名な行基が開祖だとか。ここは杖を地面に突き立てても温泉は出なかったようです。

Pb131172鐘撞堂。勝手に撞いてはいけないという注意書きがあります。

Pb131173鐘本体。神武寺と銘が入り、その両脇には寄進者の名前が彫られています。それにしても、よくここまで運んだものです。

Pb131183逗子八景のひとつだそうです。

Pb131177本堂は住居を兼ねているのか、公開されていません。

Pb131180さらに階段を登ると山門があり。

Pb131178その奥が薬師堂です。この左に鷹取山に通じる道があります。せっかくだから行ってみようかと思ったのですが、ここの標高が83m、鷹取山は139m、登れなくはないだろうけど、帰りを考えると膝が持ちそうにないので諦めました。

Pb131168帰り道。東逗子に出るのが表参道で時間も20分ですみます。でも、神武寺駅で見残したところがあるので、来た道を引き返すことにします。

Pb131219神武寺からは久里浜に出て、えきめんやで牛炙り焼きそばを試食(それが主目的ではない)。帰り道に仲木戸で電車を撮っていたら、快特のすぐあとをこんなのが通過していきました。

2017年11月16日 (木)

改札の外は米軍基地

 JR鶴見線には改札口を出ると大企業の敷地で、関係者以外は外に出られないという駅があります(どこだかはご存知ですね)。ところが、京急には改札口の外は米軍基地で、パスポートを持っていないと通行できないという駅があります。

Pb131148これがその駅。逗子線の神武寺です。上りのエアポート急行が発車していきました。左にマンションのような建物が見えますが、ここは日本の主権が及ばない所なのです。

Pb131201上りホームの中ほどから。屋根は2両分くらいしかありません。今は8連が止まりますが、かつてはこのあたりがホームの外れだったのでしょう。右の矢印の三角屋根が駅舎で、上りホームへは構内踏切を渡って出入りします。左の矢印の所に見える小さい建物が、大袈裟にいえば日本とアメリカの国境になります。

Pb131187構内踏切の手前にある注意書き。これより左は米海軍横須賀基地なのです。

Pb131190品川方面を見たところ。JR逗子への線路が分岐しています。

Pb131186その左が問題の改札口。

Pb131193建物右端の注意書き。軍関係者と許可を得た者以外は立入り禁止です。

Pb131191一般人が立入りできるのはここまで。改札口が国境になります。

Pb131188ものものしい注意書きです。

Pb131192改札口の先はゲートらしきものが見えています。

Pb131195日中でもそこそこ人の出入りがあります。

Pb131196回送線は1枚目の写真で電車の頭あたりまで架線があり、そこにはこんな標識がありました。逗子までの線路は米軍の施設なんだろうか。

Pb131200逗子寄りには渡り線があります。しかし、ここで回送列車の牽引機が電車からDLに交代する時の手順がよくわかりません。

Pb131154ひととおり観察を終え、改札口を出ました。左に道路が並行していますが、コンビニすら見当たりません。

Pb131157品川寄りに5分ほど歩いた線路端にも、立入り禁止の表示がありました。実はこの奥に米海軍の住宅があるのです。興味のある方は航空写真などを参照してください。

2017年11月13日 (月)

えきめんやの季節メニュー

 本日、また京急に遠乗りしてきました。それについては後日アップするとして、昼飯は当然、えきめんやの季節限定メニューです。

Pb131214えきめんやの京急久里浜店を始めて利用しました。細長い造りで調理場のある左が入り口、客席のある右が出口になります。品川や川崎よりはゆったりしているけど、椅子は数脚しかありません。

Pb131211サンマの竜田揚げに代わり、今月の9日から始まった季節限定メニュー。その名も「牛炙り焼きそば(うどん)」です。

Pb131213これが現物。ポスターに比べるとだいぶ肉が少ない。好意的にみれば盛付けが悪いのです。肉は3切れあるのでこれを周りに広げ、真ん中に玉子を落とせば、かなり見映えはよくなるはずです。調理人がまだあまり慣れていないせいかも知れません。とはいえ、牛肉と玉子が入って490円は値段相応といえます。
 味はというと、肉が昔の大和煮風なやや甘口。そこに黒胡椒のスパイスが効いて、つゆは濃厚だけどすっきりという感じ。赤唐辛子は見た目ほど辛くなく、全体として結構癖になりそうな味付けでした。

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